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「どうしよう。どうやったら、また会えるかなあ」
鼓動がまた一段と大きく跳ねる。
勝手にそうなっただけで、理由は分からない。
セレンは初めての感覚に戸惑いながらも平静を装い、ダウンジャケットのポケットからスマホを取り出した。
「ライン交換しよ」
「あ、それいいね! そうしよう」
誰かに連絡先を聞くなんて初めてだった。
ロック画面を解除したところで、いろ巴が首を傾げる。
「セレンさん、仕事も忙しいだろうけど練習もすっごくやってて大変でしょ? わたし、いつでも返しに行けるから、タイミングが合えば気軽に教えてね」
「ほんとにいつでもいいの?」
「いいよ。セレンさんの都合のいい時で」
トクトクと、セレンの鼓動が早くなっていく。
止まっていた時間を刻み出すように。
うるさいくらい力強くトクトク、トクトクと。
「何でおれが練習ばっかしてるって分かったの?」
「だって左手の小指の爪なんか普通、割れないよ。そんなに痛そうなのに、セレンさん気が付いてないみたいだったから慣れてるんだろうなって思って。そんなの見たら、大事にしたくなるじゃん。セレンさんの音楽をさ。雨に濡れるくらい平気だよ」
いろ巴が柔らかに目を細め―――セレンは自覚せざるを得なかった。
セレン自身を認めてくれる存在を、ずっと探していたということを。
彩りをなくした心が再び芽吹く場所を、求め続けていたということを。
生まれ育った家にも、たくさんの歓声や拍手の中にも、身体だけの繋がりを持った女にも、それはどこにもなかった。
けれどいろ巴は、セレンが欲しくて堪らなかったものを、いとも簡単に差し出してくれる。
しかも、幸せそうに。
「さん、はいらない」
「え?」
「セレンでいいよ」
「分かった。なんか仲良くなれたみたいで嬉しいよ、ありがとう」
きっと微笑んでいるだろういろ巴の顔をまともに見られないまま、広げた傘をさして隣に並ぶ。
ソワソワするのに、居心地は決して悪くない。
「帰ろっか、セレン」
心地のいい声が鼓膜を刺激する。
セレンの心に、優しい世界が生まれた瞬間だった。
その温もりに触れ、セレンの心が雨に濡れる暗闇に溶けていく。
これから紡いでいく二人の関係を、何よりも大切に守り抜いていこうと心に誓い、セレンは足を一歩前に踏み出した。
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