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バーカウンターで静かに話を聞いていた楓さんが、愛流くんの前にグラスビールを置いた。
タバコを口にくわえた愛流くんは、わたし達を交互に見て何度も頷いている。
「ほんとだな。楓さんから聞いたけど、セレンが長年片思いしてたんだって? まじでありえねぇわ」
「そうよ、誰が見ても分かるくらいセレンくんは態度に出してたわよね。肝心のいろ巴ちゃんがいつまでたってもセレンくんの気持ちに気が付かないから、どうなることかと思ったけど。良かった、丸く収まって」
「え……そうだったの?」
セレンは頬杖をつきながら、穏やかに口角を上げた。
この話が本当だったのかと思うと、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが混ざり合う。
それだけ分かりやすく態度に出してくれていたのにまったく気持ちに気が付かないなんて、人の気持ちに鈍感なのもいいところだ。
こんなわたしと、これからも一緒にいてセレンは嫌にならないんだろうか。
「そういうところも良かった。面白いし癒される」
「惚気か!」
「わたしはそう言うと思ったけど」
皆のやり取りに、笑みがこぼれる。
ちょっとした不安なんかすぐに吹き飛んでしまうくらい、最高に楽しくて幸せだ。
一ヶ月前、お互いの思いが通じ合ってすぐにセレンから結婚しようとプロポーズを受けた。
わたしもセレン以外の人と一緒になるなんて考えられなかったし、付き合ってすぐだったけど不思議とそれが自然の流れだと感じたこともあってその場ですぐに頷いた。
何年後くらいに結婚するんだろうなと呑気に考えていたら、まさかロサンゼルスに行く前に籍を入れることになるなんて夢にも思わなかったけど。
「セレン、ロサンゼルスにはいつ行くんだっけ?」
「来年の春かな。3月くらい」
「春? おまえ、今年の年末までには行くって言ってなかったっけ?」
「わたしが通ってる幼稚園の年長組の子達が卒園してから一緒に行くことになって。セレンは向こうで仕事も入ってるし、先に行きなよって言ったのは言ったんだけど……」
「え、じゃあ仕事どうしてんの?」
「待ってもらってる」
愛流くんは溜め息をつきながら額に手を当てた。
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