九内晴廉という男

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「ここの部屋、好きに使って。知ってると思うけど向かい側の部屋は防音室になってるから。そこも好きな時に使って」 「本当にいいの? 本当に一緒に住むの……?」 「悪いけど、ここでしばらく生活して」 「でも……わたし、この部屋で……」    セレンが室内をきょろきょろと覗く。 「一人で寝るの寂しい? 一緒に寝る?」 「寂しくない! 寝ない!」  即座に答えると、振り返ったセレンは意地の悪い子どもみたいな顔で笑った。 「そう? 残念」 「残念なわけないじゃん。そうやって、いつもからかって面白がるんだから。セレンのばか」 「怒んなって。とりあえず今日は遅いし風呂に入って寝よ。部屋着は貸すから」  セレンが、リビングの奥にあるアンティークな螺旋階段に向かって歩いていく。  メゾネットの2階部分にセレンの寝室があるみたいだけど、どんな部屋なのか見たことはない。  寝室なんてプライベートな空間だ。  一緒に暮らしても、2階に行く機会はないだろうと思いながら螺旋階段を上がっていくセレンを見送った。    セレンのいない間に一息つこうとリビングに視線を移す。  間接照明で照らされた開放感のある室内を、ぐるりと取り囲む大きな窓の向こうに煌々と輝く夜景が一面に広がっていた。  砂浜のように散りばめられた、大小の輝きを放つ街の灯りをぼんやりと見下ろしていると、ようやく気分が落ち着いてくる。  どうやら本当にここで生活することになるらしい。  朝、起きた時はまさかこんなことになるとは思わなかった。  期限付きとはいえ、セレンと一緒にここで生活するなんて。  セレンとはずっと仲良くきたけど、同じ屋根の下で寝食を共にするとなると上手くやっていけるのか不安だ。  それにセレンは男だし、お互いに気を遣う部分も出てくるはず。   そうだ。すっかり頭から抜け落ちていたけど、セレンは男だった。  しかも超絶イケメンで女の子にモテまくっている、ほんの少しいけ好かない男。  今まで意識をしたことがなかっただけに、ここに来てまた緊張で背筋が固くなる。   「ん、これ。おれのスウェットだから、ちょっと大きいかも」 「うわ!」  後ろから声をかけられビクリと肩が震える。  あたふたするわたしに、セレンはもう一度、スウェットを差し出した。   「こっちのほうがびっくりするわ」 「ごめん、ほんとごめん。ありがとう」  差し出された服に手を伸ばすと、お互いの指先がつんと触れ合う。  思わず手を引っ込めた途端、畳まれたスウェットがバラバラと落ちていき床にぐしゃりと散らばった。  視界の端には、少し驚いたセレンの顔が映っている。  いくらなんでも意識のしすぎだ。  自分に呆れつつ散らばった服を拾おうとかがむと、セレンが先に手際よく拾ってくれた。 「ごめんね」 「今日は色々あったし疲れたんだろ。先に風呂に入って寝たら?」 「ありがとう。そうさせて貰おっかな。今日からお世話になるよ。よろしくね」 「こちらこそ。ゆっくり休めよ」  今度こそ服を受け取ったわたしは、とぼとぼとリビングを後にした。
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