高園いろ巴という女

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「せんせー! なにかうたって〜!」  保育室内の窓際にある、使い古された傷だらけのアップライトピアノ。  その前に置かれたベンチタイプのピアノイスに座ると同時に、ぷっくりしたほっぺを真っ赤にさせた子ども達がわたしを取り囲むようにして集まってくる。  今日は、このくりのき幼稚園で週に一回のボランティア演奏をする日だ。  ここでは簡単な音感教育を始め、自分で作った曲を子ども達と一緒に歌ったり、皆が知っている曲をアレンジして弾いたりして、わたしのやりたいことを好きなようにやらせてもらっている。 「いいよ、何の歌がいい?」 「たのしいおうた!」 「みんなでうたえるのがいい!」 「分かった、じゃあ弾くよ」  童謡を原曲通りに弾くのもいいけど、子ども達の音感を刺激するために曲調を変えて演奏すればさらに楽しんでもらえる。  今日は天気もいいし、青空によく合う曲調のスイス音楽風にアレンジしてみてもいいかもしれない。 「おかーをこーえーゆこーよー、くちーぶえーふきつーつ♪」  わたしが歌い始めると、瞳をキラキラと輝かせた子ども達が可愛い声で一緒に歌い出す。  園庭で遊んでいた子ども達も歌声が気になったのか、続々と保育室内に入って来て、あっという間に数十人の大合唱になった。  間奏に見よう見まねでヨーデルを歌ってみたら、大きな瞳がなくなるくらい笑い転げてくれて、ついついわたしまでつられて笑ってしまう。  曲の終わり間際で次の曲の冒頭を弾いて繋げていき、メドレー形式で5曲ほど演奏すると、子ども達は拍手をしたりジャンプしたりして、全身で楽しかったことを伝えてくれる。  幸せな気持ちでいっぱいになりながら今日の演奏をすべて終えると、女の子がこちらに向かってパタパタと走ってきた。 「せんせー、あのね」 「どうしたの?」
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