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マグカップを静かに傾ける。
その一つ一つの仕草が洗練されていて、わたしはいつの間にか瞬きも忘れるくらいセレンを見つめていた。
何かを食べたり飲んだりする時のセレンの所作は凄く上品だ。
やっぱりセレンは育ちがいい。
ここがオンボロアパートだからこそ、それが顕著に現れているように感じる。
「美味しい」
セレンは穏やかな笑みを頬に浮かべて、そっとマグカップを置いた。
めったに見かけない、心から笑ったセレンの表情に思わず目を伏せる。
―――豪華な家とご飯が当たり前の環境で生活しているのに、お世辞にも綺麗とは言えない部屋でわたしの作ったジュースを飲んで喜んでくれるんだ。
セレンをまともに見られない。
何だか急に恥ずかしくなってきた。
両肩にきゅっと力が入る。
「いろ巴……?」
気遣わしげなセレンの声が耳に届く。
わたしの調子が変なのは、昨日のおかしな感覚がまた戻ってきたからだ。
大丈夫だ。時間が経てば、こんな感覚はそのうちなくなっていく。
鼓動がトクトクと脈打ち出したところで、あえてセレンの方は見ずに勢いよく立ち上がった。
「さ! ちゃちゃっと準備するね。それまでゆっくり座ってて」
「分かった」
わたしがいきなり立ち上がったから、きっとセレンは驚いた顔をしているんだろう。
背中に刺さる視線が痛いけど、それには気付かないふりをして、くすんだ押入れのふすまを開けた。
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