高園いろ巴という女

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   押入れからキーボード二台と作曲用のノートパソコン、譜面台といった荷物を次々に出すと、部屋のスペースが半分以上埋まった。  ぐるりと室内を見渡す。  部屋の隅では、片膝を立てて座るセレンが畳の上に並んだ荷物を眺めている。   「譜面台はおれも持ってるから置いといたら。メーカーにこだわりがないんなら」 「ほんと? 助かるよ。あとは譜面が入ったファイルと……」 「これ全部一人で持って帰って来る気だったのかよ」 「そうだよ。わたし、こう見えて意外と力持ちなんだ。それより座るところがなくて狭いね」 「いいよ、気にしないで」 「ごめんね。すぐに終わらせるから」  向き直って、押入れの中の譜面を取り出そうと腕を伸ばしたはずみで、端に置いてあったトロフィーがガタンと倒れる。  わたしは倒れたトロフィーを起こしながら、台座のプレートに書かれた文字を目で追った。 『第39回 全国学生軽音楽部大会 優勝』   「それって高校の時にとったやつ?」  セレンの言葉にこくりと頷く。 「そうだね、17歳の時に」  今から9年前―――高校2年生の夏、わたしは中高生が対象の軽音楽部大会に出場した。  5人組のガールズバンドで、わたしの担当楽器はピアノ。  大会前から評判が良く、当日も審査員の満場一致でわたし達のバンドは優勝することができた。  そして運良くその場で音楽事務所にスカウトされ、とんとん拍子でプロデビューが決まった。  今から思えば話が上手く行き過ぎていた。  着々と準備を進めていた中、突然デビューの話が白紙に戻り、代わりにヴォーカルだけがデビューすることが決まった。  バンドのヴォーカルだけを引き抜いて、ソロデビューする話はよくあるものだと今になって聞く。  けれど、当時のわたし達は何も知らない子どもだった。  仲良くやってきたからこそ、バンド内で激しく衝突してヴォーカルの彼女を全員で責め立てた。  どうして前もって話をしてくれなかったのか、わたし達を出し抜いたのか、自分だけいい思いをしてずるい、皆でデビューしたかった。  彼女は黙ったまま、何も答えなかった。  ヴォーカルの抜けたバンドは解散して、彼女とは絶縁状態になった。  テレビで彼女を見かける日がもうすぐ来る。  そんな日が来たら、複雑な気持ちになるだろうと思っていたらそれは大間違いだった。
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