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これは後から聞いた話だ。
彼女はデビューして間もなく、芸能界を引退して歌うのもやめてしまったらしい。
売れるためには、プロデューサーから要求されるありとあらゆることにイエスと答えなければいけない。
歌う曲も自分の好みとはかけ離れた、プロデューサーが独断で決めたものを無理やり歌わさせられる。
歌い方も指示通りだ。
テレビカメラの前で歌う時は手の動きや表情、視線の位置も全部決められ、自然に動いて見えるように努力する。
すべてのアーティストがテレビカメラの前でそれらを強いられているわけじゃない。
彼女のプロデューサーが、そういった意向だった。
わたしは人形じゃない、自分の思う通りに歌いたい。
彼女のその思いは叶えられず、苦しんだ末に引退を決断したらしい。
その話を聞いて、バンドデビューができなくなった当時、どうして彼女をあんなに責めてしまったんだろう、なんで歌が大好きだった彼女の気持ちに寄り添えなかったんだろうと後悔した。
きっとデビューの前から大変だったはずだ。
一人でたくさんのものを抱えていたに違いない。
それに気付かず、彼女に自分の気持ちをぶつけて。
わたしは何のために音楽をやっていたんだろうと激しく自分を責めた。
「いろ巴はもうデビューは考えてないの?」
「デビューは考えてないよ。わたしは、わたしなりにやっていこうと思うんだ。わたしがしたい音楽をね」
トロフィーの台座に刻まれた文字をゆっくりと撫でる。
正直、今も何のために音楽をやっているのか、どうやって音楽を続けていくのか答えは出ていない。
でも決めたことはある。
「わたしの歌とピアノが聴きたいって思ってくれる人が一人でもいるなら、その人の所へとんでいくって決めてるんだ。生活は厳しいけど心は凄く充実してるよ」
トロフィーを立てて、押入れから譜面の入ったファイルを取り出す。
いるものといらないものに分け、そばにあったトートバッグの中に詰めていると園児から貰った手紙が一枚、畳の上に落ちた。
それを拾って中身を開けると、『いつもありがとう せんせいだいすき』と一生懸命に書かれた文字が並んであった。
下のほうには可愛らしい女の人とピアノの絵が描かれている。
「幼稚園の子ども達はね、わたしのピアノと歌でいつも喜んでくれるんだ。その度に思うの。やれるところまでやろうって。こうして素直に音楽を聴いてくれる人達に答えたいって。これが今のわたしのやりたいことなんだよね」
「そっか」
セレンの穏やかな声にきゅっと胸が詰まる。
まただ。しつこい。
鼓動が少しずつうるさくなっていく。
「だから、今は音楽だけに集中したいんだ」
主張してくる鼓動を紛らわせるように、また押入れに手を伸ばす。
これ以上、おかしな感覚にとらわれてしまったらだめだと自分に言い聞かせながら、わたしは強い口調でそう言った。
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