高園いろ巴という女

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「これで全部?」  後部座席をフラットにして、楽器や着替えをぎゅうぎゅう詰めに乗せたラゲッジルームを、バックドアを開けたまま車外から二人で見回す。  セレンがほとんどの荷物を運んでくれたおかげで、わたしは何もせずほぼ見ていただけだった。 「全部だよ。セレンさまさまだね」  セレンが後方にあるスイッチを押すと、自動でバックドアが下りてくる。  ドアが閉まったのを確認してから、セレンは優しい目つきで車の前方に視線を投げた。 「乗って」 「分かった。運転ありがとう、よろしくね」  助手席のドアを開け、明るいベージュ色をした革張りのシートに背を預ける。  広いし、いい具合に身体にフィットして座り心地もいい。  爽やかな香りに、上質なスピーカーから流れるアップテンポなスムースジャズ。  窓の下に備え付けられたアンビエントライトのロイヤルブルーの光が、陽が落ちた後の暗い車内をふんわりと色づける。 「乗る度に思うけど、セレンの車は落ち着くなぁ。このままどこかに行きたくなっちゃうよ」 「いいよ、今から行く?」  運転席に座ったセレンが、エンジンをかけてシートベルトを締める。 「今から? どこに?」 「どこでもいいよ。どっかご飯食べに行ってもいいし」 「でも家政婦さんが夜の分のご飯も用意してくれてるんでしょ? それなら家で一緒に食べよう」 「じゃあ、ちょっとだけ遠回りして帰ろっか」 「やったぁ、ドライブ? それがいい!」  車が静かに走り出す。  一日の終わりに、いい音楽を聴きながらゆっくりドライブができるなんて贅沢だ。  わたしは、大きなルーフガラスの向こうに広がる真っ暗な夜空を見上げた。   「至れり尽くせりだね。こんなに良くして貰っていいのかなと思うくらい」 「はは、何もしてねぇじゃん。おれがドライブに行きたかっただけ」 「わたしも行きたかったもん」 「おれと?」 「え?」 「おれとドライブに行きたかった?」  右隣を見ると、セレンはアームレストに肘を置き、片手でハンドルを握ってリラックスしながら運転していた。  大通りを走る車内にビルや電飾看板の明かりが差し込み、目鼻立ちの整った作り物みたいなセレンの横顔をちかちかと照らす。  態度に余裕があるし、本気で聞いているわけじゃないことは分かっている。  きっと、またからかわれているんだろう。  でもいつもみたいにすぐに言い返せなかった。   「えっと……」 「返事に困ってんの? 適当にうんとか言っとけばいいのに」 「……そんないい加減な返事はできないよ」
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