ふたりは友達

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  「へぶし」  強い風がごうごうと吹く中、鼻をすする。  セレンは、しばらく虚を突かれたようにぼうっとわたしを眺めてから「ぶ」と吹き出した。 「何だよ、今のくしゃみ。おっさんかと思った」 「ちょっと身体が冷えてきちゃった。上着、持って来たほうが良かったかなぁ」 「いろ巴といたら真剣に考えてんのがバカらしくなるわ」 「どういう意味よ、それ」  両腕をさすっていると、セレンはダウンジャケットを脱いでふわりとわたしの肩にかけた。  心地のいい温かな熱と嗅ぎなれた甘すぎない匂いが身体を包み込んで、瞬く間に寒さが消えていく。 「セレンが風邪ひいちゃうよ」 「こういう時は、ありがとうでいいんだよ」 「でも」 「着とけって」  黒のトレーナー姿になったセレンは、後ろにあった木製の古いベンチにゆっくりと腰を下ろすと、ジーンズのポケットからタバコとジッポを取り出した。  黒っぽく変色したシルバーのジッポには、誰でも知っているイギリスのバンドのロゴとポップなイラストが刻印されている。  セレンは薄い唇の間に加えたタバコにジッポを近付け、慣れた手付きで火を付けた。 「車に戻らなくていいの?」 「何か思いついた?」 「何を?」 「曲だよ」 「あ、まだかも……」  ここに来た目的をすっかり忘れていたわたしは、両手を合わせて「ごめん」と言葉を続けた。 「だろうな。思いつくまで、ここでのんびりしよ」 「そんなの悪いよ。連れて来て貰っただけで充分なのに。もう大丈夫だよ、帰ろう」 「今日は付き合うつもりで来たから」 「遅くなっちゃうかもよ?」 「いいよ」 「軽いなぁ、返事が……。まぁ、いいや。それならお言葉に甘えよっかな。この上着はセレンに返すね」 「いらない。寒くなったら車に取りに行くから」  タバコの白い煙が、わたし達の間で気まぐれに浮かんで消える。  きっとこの煙を掴みに行ったって、わたしの手の中には絶対に収まらない。  今も後ろで煌々と輝いている夜景の光みたいに。     でも最近、気付いたことがもう一つある。  セレンはどうしてこんなに優しいんだろう。  当たり前になっていて分からなかったけど、セレンは常にわたしの気持ちを尊重してくれている。  気まぐれな態度を取っているように見えて、実は色々と考えているのかもしれない。  だから女の人がセレンに夢中になるのかもしれない。  きゅっと胸が締め付けられたけど、わたしはそれを誤魔化すように柵にぺったりと抱き着いた。
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