ふたりは友達

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   薄暗いステージでクラシカルな濃いネイビーのスーツに身を包んだセレンは、世界レベルのミュージシャン達に囲まれていても、物怖じするどころか貫禄さえ漂わせて黙々とベースを弾いている。  演奏中の曲はしっとりとしたバラードだけど、ベースラインはリズミカルで複雑だ。  黒人独特の音程やリズムの取り方があって、日本人がそのまま弾くのは凄く難しい。  しかもセレンは一時的なサポートで演奏に参加しているだけだから、本来なら他のバンドメンバーと同じようには弾けないはずだ。  なのに、しっかりと伴奏を支えていてメンバー全員が安心して演奏に集中できている。  ありえない。セレンは才能の塊だ。  日本人のミュージシャンの中でも頭一つ、二つ分くらい抜けている。  それに、テレビに映るセレンは控えめに言ってもかなりかっこいい。  淡い照明に照らされた、ベースを見つめる横顔からは色香がちらちらと仄めいて、その辺のアイドルよりもずっと魅力的だ。    遠い―――遠い存在だ。  かっこよくて、ベーシストとしての実力も確かで、これだけ広い家にも住めるくらいお金持ちで。  しかも優しくて、努力だって惜しまない。  あのドライブの後からセレンは毎日朝方に帰って来ている。  スタジオにこもっているのか、レコーディングの仕事が入っているのかは分からないけど、夜に眠れない日が続くと身体も辛いはずだ。   セレンと会えなくなって今日で5日目。  同居してから毎日顔を合わせていた分、この5日間が凄く長く感じる。  別に付き合っているわけでもないのに。 「そういえば好きな人がいるって言ってたな……」  誰もいないリビングで、ぽつりと呟く。  もしかしたら、仕事が終わってから毎晩好きな人に会いに行っているのかもしれない。  わたしがいるから会いたくても家に呼べないだろうし。  今までとんだスケコマシだと思っていたけど、案外一途なところもあるみたいだからあり得なくもない。  好きな人の前では惜しげもなく尽くしたりして―――。  胸の奥で、仄暗い感情がふっと影を落とす。  わたしが見たことのないセレンを、その人はたくさん知っているんだろう―――そう考えたところで、鈍く光る革張りのクッションにぐりぐりと顔を埋めた。 「何考えてんの、やめだやめ! 今日はお酒をたくさん飲むぞー!」  勢いよく起き上がって、飲み慣れないビールをぐびぐびと喉に流し込む。  最近、色々と環境が変わったせいでメンタルが追いついていないのかもしれない。  明日はオフだ。セレンも朝まで帰って来ない。  安くて美味しいものをたくさん飲んで食べて思いきり自分を甘やかしてしまおう。   テーブルの上のやきとりに手を伸ばし、口の中いっぱいに放り込んだ。 
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