ふたりは友達

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   表情のない、恐ろしく綺麗な顔立ちのセレンに静かに見下ろされて、ぞくりと背筋が震える。  見慣れないスーツを着ているせいか、いつものセレンじゃないみたいだ。  恐る恐る見上げると、セレンはわたしの顔をじっと見つめたままソファに片膝を置いた。 「あのな、前から言おうと思ってたけど。おれ、男だから」  セレンが、わたしの上にゆっくりと跨る。  両膝をついて、黒いネクタイを荒っぽく引き抜き床に投げ捨てた。 「セレン……?」  自分でも情けないくらい弱々しい声だった。  それでも、いつもなら名前を呼べば優しい返事が返ってくる。  でも今は違った。  少しも動かないセレンの潤んだ瞳の奥に、ふつふつとした熱い何かが見え隠れしているような気がする。 「分かってんの」 「分かってるよぅ」 「分かってない」 「分かってるよ、ちゃんと男の人だって……」  セレンはわたしの顔の横に両肘をついて、強引に覆いかぶさってきた。  そのまま耳元に顔を埋めてくると、吐息混じりに唇を開く。   「じゃあ、おれが今何考えてるか分かる?」  耳周りの髪がふわりと揺れ、経験したことのない心地のよさが鼓膜を刺激する。  変な声が出そうになるのを咄嗟に抑え、セレンの硬い胸元をとんとんと軽く叩いた。  少しだけ身体を離したセレンは、わたしの首筋を人さし指で辿るようにそっと撫でていく。  爪の先が当たったり当たらなかったりして、また変な声が出そうになった。 「く……くすぐったいよぉ、やめてぇ」 「やめない」 「お願い、分かったからぁ」 「おれが何したいか分かった?」 「それはぁ分かんない、何がしたいの?」 「……鈍いからな、いろ巴は」  セレンはそれまでとは打って変わって淡々と起き上がると、わたしの足元に腰を下ろした。  長い脚を組み、片腕をソファの背にひっかけている。  どこか疲れた様子だ。 「鈍くてごめん……」 「はっきり言うよ。おれはいろ巴と、いい加減な男と女の関係にはなりたくない。おれもその辺りはちゃんと弁えて付き合うつもりだから、いろ巴もそのつもりでいて」 「男と女……」 「明日の朝もちゃんと覚えとけよ、酔っ払い」  いつものからかうような軽い口調が虚しく胸に響いた。  セレンとわたしは男と女だけど、わたしとは男女の関係になりたくない、とセレンはそう言った。  わたし達は友達なんだから当たり前だ。  そんなことは、わたしだって望んでいない。  それなのに、はっきりと自分を拒否されて、今もわたしは頷くことすらできないでいる。  わたしはだらしなく寝転んだまま、少し離れたセレンの冷たい横顔をしばらくぼうっと眺めた。
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