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「ちょっと落ち着いた? ご飯、食べられそう?」
「食べられそう」
チーン、と鼻をかんでからテーブルの上をよく見ると、長い楕円の形をしたベージュと金色の小洒落たお皿の上に、ふっくらとした時鮭の塩焼きが乗っている。
それから黄金色に光るぷるぷるのだし巻き卵、ほうれん草のお浸し、具だくさんのお味噌汁。
食べる前から分かる。
このテーブルに並べられた料理は全部、絶対に美味しい。
わたしのお腹がもう一度、ぐぅとはしたない音を立てた。
「食べよ」
セレンの優しい声に引かれて手を合わせる。
二人でいただきますをしてから、漆塗りの朱いお箸を手に取った。
時鮭の身を小さく解して口に運んだ瞬間、舌がとろけていく。
「お、美味しすぎるうぅ」
「良かった」
セレンは穏やかな口調でそう返事をしてから、一口、また一口と朝食を口に運んだ。
綺麗な弧を描いた手の甲が、室内に差し込む陽の光でキラキラと温かい色に輝いている。
すごく綺麗だ。
指の先まで神経の行き届いた丁寧な動きに思わず目を奪われる。
「ん? 何?」
「ごめん、何でもない」
手を止めてこちらを伺うセレンから、慌てて目を逸らす。
セレンの所作が綺麗だったから見惚れていた、なんてこの場では言えなかった。
だって飲み散らかした上に、今日はいきなり泣きだしたりして、どう考えてもわたしはテンションのおかしな面倒臭いやつだからだ。
これ以上、変な誤解が生まれるような言葉を口にしたくない。
セレンだっていい気はしないだろう。
きっとこの状況も良くは思っていないはずだ。
なのにどうして、こんなに穏やかな態度で接してくれているのかが分からない。
「そんなに、おれのだし巻き卵ばっか見て欲しいの?」
「えっ」
無意識のうちに、セレンの前に置かれただし巻き卵を見つめていたらしい。
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