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お箸を置いてポケットからスマホを取り出してみると、ディスプレイにはラインの通知バーが表示されていた。
メッセージの差出人はギタリストの大ヶ谷さんだ。
大ヶ谷さんとはこの間のセッション以来、一度も会っていないし連絡も取り合っていない。
テレビでも見かけなかった。
そのせいか、どんな顔つきだったか思い出したくてもはっきりと思い出せない。
「大ヶ谷さんからだ。どうしたんだろ」
セレンは眉をひそめた。
時鮭に伸ばしたお箸がピクリと動く。
「は? あいつ?」
「あいつなんて言い方はだめだよ、先輩なのに」
「あんなん先輩でも何でもねぇよ」
「でも年上じゃなかったっけ? セレンより業界には長くいるんでしょ」
「年上だけど長さは同じくらいかな。あんまり一緒の現場には入ったことはないけど」
「意外だね。大ヶ谷さんって色んな曲が弾けて演奏も上手いよね。一緒に仕事する機会も多そうなのに」
「そうかな」
「大ヶ谷さんはどんな音楽ジャンルが得意なんだろう?」
「知らない」
「知らないわけないじゃん。10年近く同じ業界にいて、セッションでもたまに同じステージで弾いたりしてるのに」
「知りたいと思わないから、あいつのことは分かんない」
「そうなんだ、分かった。セレンには大ヶ谷さんのことは聞かないでおくよ」
「それは嫌」
不機嫌そうな顔をしたセレンは、持っていたお箸を置くと温かい緑茶の入った湯呑みに口を付けた。
「何よそれ、色々と聞かれるのが嫌なんじゃないの」
「あいつが気になる?」
「気になるっていうか、よく知らない人だからセレンに聞いてみただけだよ」
「それだけ?」
セレンは湯呑みをそっと置いた。
何気ない仕草が綺麗なせいで、知らず知らずのうちに目で追いかけてしまう。
ぼんやりと見入っていると、セレンに「いろ巴」と声をかけられハッと我に返った。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。それだけだよ。セレンこそ、何でそんなに大ヶ谷さんのことが気になるの?」
「あいつが気になってるんじゃないよ。いろ巴の周りに他の男が寄ってきても何もできないのが嫌なだけ」
「何もできないって……セレンが?」
「そうだよ。黙って見ておかないといけない立場だから、おれ。そんな気さらさらないけど」
首を傾げて不敵な眼差しを向けるセレンを前に、わたしの鼓動が大きく跳ねた。
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