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「疑うなら彼に聞いてみれば? 本当のことよ。わたしもあなたがこんなに何も知らないとは思ってもみなかったけど。まったく、あなたみたいに見た目も中身もパッとしない子と、どうしてこんなに仲良くしてるのよ。あなたさえいなければわたし達はすぐに結婚できるのに」
彼女は帽子を深く被り直した。
「まあ、いいわ。それもあともう少しの辛抱だし。知らないならついでに教えてあげる。わたしのパパって、業界では有名な音楽プロデューサーなの。わたしと結婚すれば彼は好きなように音楽を続けられるわ。今回のロサンゼルスの話だってパパの繋がりなの。彼も喜んでたんだから」
「セレンが……?」
「そうよ。それはもう、すっごく喜んでたんだから。この業界ってコネクション次第でしょ? あなたもミュージシャンの端くれなら、それくらい知ってると思うけど。彼はやっとそれを掴んだのよ。あれだけの容姿と実力があって、その上に強力な後ろ盾もあれば彼って完璧じゃない?」
ピンクローズのルージュが、にんまりと弧を描く。
彼女はぐい、と顔を近付けてくると、わたしの耳元で一つ一つ言葉を確かめるようにゆっくりと囁いた。
「なのに、あなた一人の存在で全部が台なしになりそうなのよ。彼があなたに何も話さなかったのは、あなたのことを気にかけてる反面、あなたの存在を負担に感じてるからじゃない。分かる? だから、もうわたし達の邪魔はしないで」
わたしは短く息を呑んだ。
彼女から乱暴に投げられた言葉が、グサグサと容赦なく胸に突き刺さる。
向き合いたくなかった現実に、無理やり向き合わさせられているようで吐き気がした。
この場からすぐにでも逃げだしたい。
それなのに、わたしの意志には関係なく勝手に唇が開いた。
「……セレンとは、結婚するんですか?」
彼女は身体を離し、肩の上で無造作に髪を払った。
バニラのような甘い香りがふわりと漂う。
「そのつもりだけど彼、まだまだやりたいことがあるみたいだから、なかなか頷いてくれなくて。わたしも気長に待てなかったから、わざと写真を撮ってもらったのよ」
「わざと……?」
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