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「そうよ。この業界じゃよくある話じゃない。わたし達が元々、どういう仲かあなたも知ってるでしょ? わたしにとって彼以上の人はいないの、彼にとってもそうよ。写真を見ればそれが分かったはずよ。わたし達、見るからにお似合いじゃない」
二人が腕を組んだ写真がパッと脳裏に浮かぶ。
確かにお似合いのカップルのように見えた。
きっと、わたしが腕を絡めようと手を伸ばしてもセレンは逃げていくに違いない。
セレンの手がわたしの手の中に収まったことなんて一度もなかった。
「それよりも。あなたが今、彼と一緒に暮らしてるのは知ってるのよ。腸が煮えくり返りそうなの、わたし。何でいつもあなたなの? どこまで彼の優しさに甘える気なのよ」
「それは彩世さんが……」
「あなた、わたしに楯突く気? 本当に何も知らないのね。わたしの思う通りにならないことなんか一つもないのよ。わたしがパパに頼めば彼のロサンゼルス行きだってなくなるわ」
「え……」
わたしが彼女を見上げると、彼女は満足そうに頷いた。
「あることないことニュースに流したっていいのよ。世間を動かすのなんか簡単なんだから。何だってできるわ。だから、あなたも自分の行動についてよく考えなさい」
「あれ桝田彩世じゃね?」
通りに目を向けると、何人かの男子高校生達が興奮しがちにこちらの様子を伺っていた。
彼女が帽子のつばを握って深く俯いた途端、緊張で動かなくなっていた身体が、ふっと軽くなる。
わたしはその場から勢いよく駆け出した。
「待ちなさい!」
「やっぱ桝田彩世じゃん! やば、めっちゃ綺麗なんだけど」
彼女の声は近付いては来なかった。
男子高校生達に囲まれて、わたしを追いかけることができなかったんだろう。
もう彼女は追って来ない。
それでも足を止められなかった。
がむしゃらに通りを走り抜ける。
彼女の話した内容が全部真実なのかは分からない。
これから家に帰って、セレンに確かめる必要がある。
そう頭では分かっているのに、この胸の中に広がった仄暗い感情が全身を駆け巡って今にも爆発してしまいそうだった。
セレンの優しさを独り占めしている気分になっていた。
わたしが一番、セレンのことを分かっていると思っていた。
わたしも彼女みたいに背が高くて綺麗だったら、友達じゃない付き合い方ができたんだろうか。
もっと深い付き合い方が、わたしにもできたんだろうか。
閑散とした下町の住宅街に出たところで、ゆっくりと足を止める。
少し走っただけなのに、苦しいくらい息が弾んで両膝に手をついた。
―――何にもできない、ただのちび。
何もかも兼ね備えたセレンの隣にいると、たまにそう思いたくなる時があった。
灰色の重い雲が広がった空を見上げる。
ポツリと鼻先に冷たい雨粒が落ちて、深く息を吐いた。
「そっか。わたし、セレンのことがずっと好きだったんだ」
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