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しっとりと囁く声に、わたしは力なく首を横に振った。
こうして見つめられたら、わたしのことが好きなんじゃないかと勘違いしてしまいそうだ。
セレンには男女の仲にはなりたくないとまで言われているのに、まだどこかで期待していて自分でもゾッとする。
きっとセレンの隣にいる限り、この状態がずっと続くんだろう。
そして誰かと幸せになっても笑顔で「おめでとう」と言わないといけない。
そんなの辛すぎる。
このまま友達としてそばにいるのは、わたしには無理だ。
セレンと関係を持った女の人達の気持ちが、少しだけ分かった気がした。
なんて罪な男なんだろう。
どこかの小説に出てきそうな、ありきたりな文句が口から飛び出しそうになった。
すぐそばで、セレンはわたしを見つめている。
少し冷たく感じるくらい、綺麗に整った容貌が間近にあって緊張で息が詰まりそうだ。
ほんの数秒、目を合わせただけでセレンはわたしの心を掻っ攫ってしまう。
夕暮れ時に浮かぶ一番星のような、誰の目にも止まる凛とした輝きを放つ人は他に見たことがない。
でもその輝きの奥に、どこか不安定さを感じていた。
いつかわたしの前から突然フッと消えて、いなくなるんじゃないかという不安がずっと拭えなかった。
結局わたしは、セレンへの気持ちもわたし自身の気持ちも誤魔化し続けていたんだろう。
だってこんな完璧な人が、わたしを好きになるわけがない。
最初から叶わない恋だった。
だから諦めて友達になった。
言い訳を全部取っ払うと、びっくりするくらい弱い自分しか残らなくて情けない。
「おれの気持ち、まだ分かんない?」
「分かんない」
「じゃあ、その顔なに? ありえねぇ、まじで」
「人の顔に向かってありえないって何なの!?」
頬に添えられていた両手に促され、セレンの胸元近くまでぐっと引き寄せられる。
洗いたての石鹸の匂いがふわりとした後、目の前のスッと伸びた綺麗な首すじにおでこがこつんと当たった。
「むかつくわ」
セレンが口を開くと、わたしのこめかみにふわふわとした柔らかいものが触れる。
これはセレンの唇だ。
刺激が強すぎて目眩がする。
それでも動揺を悟られたくなくて、わたしはどうにか言葉を返した。
「な、何がむかつくの?」
意図せず声がうわずる。
セレンの手に力が入って、頬がむにゅっと潰された。
「全部」
「全部!?」
「おれ、そろそろ限界なんだけど。どうしてくれんだよ、ばか」
セレンはわたしのこめかみに顔を埋めた。
雨で濡れた髪が乱れ、セレンの唇が触れる場所だけが少しずつ温かくなっていく。
こんなのキスされているみたいだ。
わたしのことなんか好きでもないくせに、セレンはどうしてこんなことをするんだろう。
苦しいくらい胸がドキドキして、恥ずかしくて、泣きたくなってきた。
セレンが好きだ。
こんな状況で嫌というほど自覚させられる。
もう友達でいるのは無理だ。
ずるい自分のままでいるのも嫌だ。
彩世さんの言葉が真実なのかはっきりさせて、わたしはどうするべきなのか考えないといけない。
自分の気持ちに気付いてしまった以上、セレンに嘘をつきながら一緒にいるのは耐えられそうになかった。
「セレンは、ロサンゼルスに行くの?」
聞きたいことはたくさんあったのに、最初に出てきた質問はこれだった。
だってわたしはセレンが一生懸命、音楽に向き合う姿を見て来たから。
セレンの足を引っ張るのは、どうしても嫌だった。
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