気付けなかった真実

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 わたしが魅力的じゃないことは、わたしが一番よく分かっている。  それでもやっぱり、わたしを女性として見て欲しかった。  一度だけでもいいから、セレンの手の温もりを感じたかった。  セレンがロサンゼルスに行ったら、わたし達は関わる機会がまったくなくなるだろう。  同じ音楽業界にいるとはいえ、日本の音楽業界を牽引するセレンと、幼稚園やレストランでちょこっと演奏をしているわたしとではまるで接点がない。  セレンとの出会いは、わたしにとって恵まれすぎていた。  わたしの作ったみかんジュースを美味しそうに飲んでくれて嬉しかった。  もっと料理のレパートリーを増やして色々なものを作ったら、セレンは喜んで食べてくれただろうか。  豪華な食事に慣れているだろうけど、「こんなのもいいな」なんて言ってくれたりして、一緒に穏やかな時間を過ごすことができたんだろうか。  そんな来るはずのない日常を想像しただけで、今は少しだけ幸せな気分になれる。  一緒に見に行った夜景も忘れない。  わたしの一生分の幸せが光の海になったようなあの夜景は、セレンが隣にいたからキラキラと色濃く輝いて見えた。  思い返せば、輝いていたのは夜景だけじゃなかったのかもしれない。  わたしの目に映るものすべてが綺麗だと感じられていたのは、いつだってセレンがそばにいてくれたからだ。  セレンと出会ってから、わたしは音楽がもっと好きになった。  なんてことのない毎日にも、楽しさを見出だせるようになった。  生活が苦しくて挫けそうになった時も、何とか乗り越えていけると前向きになれた。    セレンは優しかった。  わたしには優し過ぎた。  涙がとめどなく溢れて、視界がぐちゃぐちゃに歪む。  誰もいない道端で立ち止まり、持っていたキーボードを抱きかかえて、肩を震わせながら顔を伏せた。  これだけ悲しいのに、地面にキーボードを立てて置いても濡れないか確認するあたり、やっぱりわたしもミュージシャンの端くれらしい。  わたしにもっと実力があれば、胸を張ってセレンの隣に立てたんだろうか。  足を引っ張らずにすんだんだろうか。  コートのポケットからティッシュを出して盛大に鼻をかむ。  隣で笑ってくれる人はもういない。  寂しくてたまらないけど、これからは自分の足でしっかりと立って歩かないといけない。  わたしがこの道を選んだんだから。  一人しかいない、この道を。  セレンがくれた、綺麗で優しい世界にずっといたいという身勝手な思いを振り解いて―――わたしは一歩、足を踏み出した。
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