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本当のきもち
朝の光が乱反射する繁華街のビル群。
行き交う人の波間に大きく横たわるスクランブル交差点の信号が赤に変わった。
横断歩道の前に自然にできた行列の先頭で立ち止まったわたしは、まだまだ信号が青にならないことを確認してから、ショルダーバッグに入れたスマホを取り出した。
真っ暗な画面には、わたしの情けない顔が映っている。
スマホの電源は一昨日、セレンの家を出て行ってからオフにしたきりだ。
『やっぱり自分の家が落ち着くから帰るね』とラインはしておいた。
それでも突然わたしがいなくなって、びっくりしたかもしれない。
けれど、セレンからの返事を見るのは心の準備が必要だった。
わたしに戻る気がないと分かったら、セレンはあっさりと受け入れるだろうから。
「あれって桝田彩世とニュースになってた人じゃない?」
見知った人の名前が背後から聞こえて胸がざわつく。
スマホをバッグの底に押し込み、横断歩道の向こう側にあるビルを見上げると、広告用の大型ディスプレイにベースを弾くセレンの姿が映し出されていた。
レンガ造りの壁に、レトロなペンダントライトがいくつか吊るされたアットホームな雰囲気が漂う部屋で、アコースティックギターやトイピアノ、カホンなどの演奏メンバーが輪になってスツールに座っている。
その輪に混じって、セレンは黒いパーカーにグレーのイージーパンツといったラフな格好で、アコースティックベースを手にめずらしくうっすらと微笑んでいた。
朝の時間帯にぴったりな、爽やかなゴスペル調の曲を情熱的に歌い上げる男性アーティストも、活き活きと楽しそうにしている。
彼は人気急上昇中のSOULシンガーで、今週のオリコンヒットチャートにも何曲かランクインさせていたはずだ。
隣同士の二人が目を合わせると、お互いに気の許した表情を浮かべた。
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