本当のきもち

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「いろ巴ちゃん、何飲む?」  大ヶ谷さんから指定されたお店は、近所の商店街の路地裏にひっそりと佇む小洒落たバーだった。  薄暗がりの店内で目を引く、幅の広いボルドーのバーカウンターに、知らないお酒やグラスが所狭しと並べられたバックバー。  重い空気と低い天井には少し圧迫感はあるものの、カウンターの上で揺れるキャンドルの炎が隠れ家的な雰囲気をより一層際立たせている。    家の近くにこんなにお洒落なお店があったなんて知らなかった。  幼稚園の帰りに直接来たから、いつも着ている黒いトレーナーとルーズデニム姿だけど場違いじゃないだろうか。  大ヶ谷さんは高そうなベージュのハイネックセーターを着ていてスタイリッシュな格好だから、他の人はどうなのか余計に気になる。  浮き立った気持ちのまま、バーカウンターの隅できょろきょろと店内を見渡した。 「ねぇ、いろ巴ちゃん。お酒、どうする?」  隣に座った大ヶ谷さんが、くつくつと喉を鳴らしながらわたしの前でメニューブックを開いた。  しっとりとした光沢のあるメニュー表には、知らないカクテルの名前がずらりと並んでいる。  わたしは大ヶ谷さんに向かって軽く頭を下げたあと、口元に手を当てた。 「すみません。わたし、お酒のことはよく知らなくて」 「小声で話さなくても大丈夫だよ。いろ巴ちゃんって、こういうお店はあんまり来たことがないのかな?」 「そうですね、あんまり……というか、まったく」 「そうなんだ。可愛いね。僕が適当に選んで頼んでおくよ」 「え!? か、可愛い?」 「声が大きい」 「すみません」  どぎまぎするわたしをよそに、大ヶ谷さんは何食わぬ顔でバーテンダーにお酒を注文している。  きっと女の子とお酒を飲んだり、軽口を叩いたりするのは慣れているんだろう。  今の「可愛い」はまともに受け取ったらだめなんだろうけど、こういう状況には慣れていないからかつい反応してしまう。  そろそろちゃんと落ち着きを取り戻さないと、この後で何かやらかしそうだ。  とりあえず状況を整理しようと考えながら、バーテンダーから差し出された温かいおしぼりを手に取ったその時だった。  
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