九内晴廉という男

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 ステージに上がると、可愛らしいヴォーカルの男の子が立っていた。  セレンを見るなり、顔にぱっと花を咲かせて駆け寄ってくる。 「セレンさん、お久しぶりです〜!」 「おう」  セレンは男の子の顔も見ずにぶっきらぼうな挨拶を返して、ステージの右端にあるベースアンプまですたすたと歩いて行った。  男の子がわたしにも会釈してくれたから、わたしも彼の隣に立って会釈を返す。 「今日はご報告があって。僕、デビューが決まったんです。セレンさんにアドバイスを貰ったおかげです。色々と相談に乗って貰ってありがとうございました!」 「へぇ、おめでとう。良かったな、また一緒に仕事しよ」 「は、はぁい!」  顔を真っ赤にさせながら返事をする男の子が微笑ましくて笑みがこぼれる。  受け答えに愛想はないものの、セレンは意外に面倒見のいいところがあって、よく後輩ミュージシャンの相談に乗ったり仕事を紹介したりして慕われている。  男の子は深々とお辞儀をすると、セレンとわたしに一枚ずつ譜面を差し出した。  今から演奏する曲の譜面だ。  タイトルを見ると、K-POPグループの人気曲だった。 「Dynamite? もはやこの曲って誰でも知ってるよね。わたし、好きだよ」 「いい曲ですよね。僕も好きで」 「知ってる曲で良かった。頑張るね、よろしく」 「こちらこそよろしくお願いします!」  さっそく、ステージの左端にあるキーボードの前に立ち、耳にイヤホンを突っ込む。  次のセッションライブが始まるこの僅かな時間に、貰った譜面を見ながら曲を聴いて構成を確認しないといけない。  セッションライブで使う譜面はコード譜というもので、和音と簡単なリズム譜しか書かれていないから、音の強弱や表現方法は耳コピーだ。 「最初はキーボードとヴォーカルだけ、ドラムが入ってサビまでいって、それからキーボード以外の楽器はアウト。ヴォーカルのソロで最後は転調して……」  ふと顔を上げると、ステージの反対側にいるセレンがこちらを見ていたことに気付いた。  一緒に楽しもうね、という気持ちを込めて笑いかけたけど、セレンは無表情のまま客席の方へ視線を逸らした。  思っているような反応が返って来ないのはいつものことだ。  気にせずわたしも作業に戻ろうと、何となくセレンの前にある譜面台を見ると、そこにあるはずの譜面が置かれていない。
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