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「そうだね。テレビの収録で一緒になったアイドルの子達とか、セッションを見に来る女の子達とか。いろ巴ちゃんがいない時はわりと普通に喋ってるよ。セレンくんから話しかけることはないみたいだけど」
「そうなんですか!?」
「分かりやすいよね、いろ巴ちゃんって」
「……よく言われます」
大ヶ谷さんから目を逸らすと、わたしの前にカクテルが置かれていたことに気が付いた。
丸いカクテルグラスの中で、はちみつ色と爽やかな赤色が二層になっている。
上に乗ったクラッシュアイスが、ダイヤモンドみたいにちらちらと光っていてとても綺麗だ。
「ある意味、分かりやすいのはセレンくんも同じだよね」
「分かりやすいですか? セレンが」
「そうだね。例えば、セレンくんが誰を好きかとか」
「え……」
大ヶ谷さんに視線を戻すと、可愛らしい口元にニヤリとした含みのある笑みが浮かぶ。
もしかすると、大ヶ谷さんは何かを知っているのかもしれない。
長く音楽業界にいる人だ。
わたしの知らないセレンの話をたくさん知っていたとしても、何ら不思議じゃない。
でもどうして、わたしにこんな話題を持ちかけるんだろうか。
考え始めると、これ以上どうやって会話を続けていいのか分からなくなった。
「やめとこうか、この話は」
「そうですね。できれば」
セレンの好きな人の話なんかしたくない。
何度もかかってくる電話のことも、セレンのいない毎日がこれからずっと続くことも今は全部忘れたかった。
「とりあえず乾杯しよっか。今日は僕の奢りだから何も気にせず好きなだけ飲んでよ」
「ありがとうございます。あれ? そういえば、もう一人の方はどうされてるんですか?」
「ちょっと遅れるって。僕達だけで先に始めよう」
「分かりました」
大ヶ谷さんのシャンパングラスと、わたしの手の中にあるカクテルグラスを軽く打ち付け合う。
グラスがカチンと小さな音を立てたあと、わたしは嫌な現実から逃れるようにしてお酒を喉の奥に流し込んだ。
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