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お店の外に出ると、冬のつんとした冷たい空気が頬を刺激して、濁っていた視界が少しずつ晴れていく。
冴えてきた感覚を引き戻すように、わたしの肩に回った大ヶ谷さんの腕に力が込められた。
人通りの少ない真っ暗な狭い路地裏で二人きりなんて、それだけでも嫌な予感がするのに、身体同士が密着していたら不快以外の何ものでもない。
手のひらで大ヶ谷さんの胸を押し退けて離れようとしたけど、さらに強い力で無理やり抱き寄せられた。
「は、離してください……」
「離せないよ。だって一人で歩けないでしょ? 僕が支えてあげるから」
「本当に大丈夫なので。大ヶ谷さんは先に帰って……。あ、ちょっと待ってください。もう一人の方は……?」
「誰も来ないよ」
ひんやりとした棘のある声だった。
それまでの大ヶ谷さんとはガラリと雰囲気が変わった気がして、わたしは驚くまま顔を上げた。
「今日は誰も来ない。仕事の話は嘘なんだ。いろ巴ちゃんって音楽一筋って感じだから、こうでもしないと呼び出せないと思ってさ。ごめんね」
大ヶ谷さんは悪びれた様子もなく、楽しげに笑っている。
「何のためにそんな嘘をついたんですか……」
「セレンくんが昔から気に入らないんだよ。ちょっと顔がいいってだけで皆から注目されてさ。無愛想で偉そうで、僕のことなんか眼中にないって感じで凄くむかつくんだよね」
「そんなの、直接本人に言ったらどうですか?」
「君もむかつくタイプだよね。売れてないくせに偉そうなこと言わないでくれる?」
「売れてたら性格が悪くても許されるんですか?」
「うるさいな」
ぎりっと肩を掴まれ、痛みが走る。
でもここで引っ込むのは悔しくて、わたしは負けじと大ヶ谷さんを睨みつけた。
「ふぅん。見かけによらず、結構気が強いほうなんだね。ちょっとは楽しめそうだな」
「どういう意味ですか?」
「今からホテルに行くんだよ。ここから近いから、このまま歩いて行こう」
「は!? 待ってください……!」
わたしは満足に力の入らない手で、大ヶ谷さんの腰の辺りをコートごと握って引っ張った。
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