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けれどその手も一緒に抱き抱えられ、引きずられるようにして強引に歩かされる。
「何を慌ててんの? どうせあいつとヤりまくってんでしょ。いろ巴ちゃんが近くにいて、セレンくんが手を出さないわけがないもんね」
「セレンはそんな人じゃありません!」
カッと頭に血が上り、大ヶ谷さんの腕を振り払おうとしたけどびくともしなかった。
むかついて仕方がないけど、酔ってまともに抵抗ができない上に男の人に力で抑え込まれると勝ち目がない。
「まさか何もしてないの? 凄く燃えてきたよ。あいつが唯一、執着してる女の子が僕のものになったらどんな顔するんだろうなあ」
「さっきから何言ってるんですか? 離してください!」
「嫌だよ。話を聞いてなかったの? 気が強くてバカなタイプなのかな。前から、頭がお花畑なんだろうなとは思ってたけど」
「放っといてください」
「だってタダで子どもの前で演奏してるんでしょ。バカじゃん、お金も取らないで」
「大ヶ谷さんには関係ないことです」
「そうだよ。何の得にもならない関係なんか、こっちから願い下げだよ。一つも役に立たない子どもの前で演奏なんかして何になんの」
「説明したところで、大ヶ谷さんには分からないと思います」
「そうだね、バカが考えることは分かんないよ」
大ヶ谷さんは、吐き捨てるようにそう言うとわたしを睨んだ。
夜の闇に溶け込んだ仄暗い視線を浴びていると、目を輝かせながら歌う子ども達の顔がぼんやりと重なる。
わたしは変わりたかった。
高校生だった、あの頃の自分から。
歌が大好きな彼女を傷付けてしまったわたし自身から、どうにかして抜け出したかった。
でも、どうすればいいのか何も方法が思いつかなかった。
わたしは頭も良くないし、お金もないし、世の中も知らない。
やっぱり、わたしには音楽しか残っていなかった。
誰かの役に立てるほどの才能なんかないけど、それでも音楽にしがみつくしかなかった。
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