本当のきもち

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「セレ……」  名前を呼び終わる前に、ぐいっと手首を引っ張られる。  大ヶ谷さんに押さえ込まれていた身体が軽くなり、そのまま目の前の胸に飛び込んだ。  嗅ぎ慣れた爽やかな匂いが鼻腔をくすぐる。  おでこにこつんと当たった硬い胸。  視界いっぱいに映ったしなやかで柔らかいグレーのチェスターコートは、スラッとした長身によく似合っているといつも思っていた。  両肩にかけられたゴツめのショルダーストラップ。  黒いケースに覆われたベースが、厚みのある肩の向こうからこちらを覗いている。  一つずつゆっくりと確認するように顔を上げると、そこにはわたしを優しく見下ろすセレンがいた。 「セレン、どうして……」  口を開くと鼻先がツンと痛くなる。  泣いている場合じゃないのに、涙が溢れ出しそうで腕をぐりぐりと力いっぱい擦り付けた。 「そんなに擦んなって。赤くなるよ」  目尻に溜まった涙を、セレンの親指に優しく拭われる。  頬を包み込む手が温かくて、また涙が浮かんだ。   「どうしてセレンがここにいるの?」 「電話に出ないから、心配になっていろ巴んちまで来た」 「でもだって、そんなの……」  セレンはほんの少しだけ微笑んだあと、大きな手のひらでわたしの頭を軽く撫でた。  勝手なことばかりしてセレンに心配をかけたはずなのに、どうしてこんなに優しいんだろう。  胸がきゅっと締め付けられる。  欲しかった安心感を得られてホッとしたのも束の間、後ろにいる大ヶ谷さんが咳払いをしたのと同時にセレンが顔を上げた。  いつの間にかその表情からは優しさが消えていて、瞳の中にひんやりとした冷たい何かを携えている。  心が寒くなるような鋭い視線。  その視線の先を、わたしはゆっくりと辿っていった。  
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