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セレンの潤んだ瞳が、唇から紡がれる言葉が、全身を包み込む穏やかな温もりが、わたしの心をすべて掻っ攫っていった気がした。
疑う余地なんかない。
確かにセレンはわたしを想ってくれている。
セレンは、わたしを―――。
「あ、鼻血」
「へ?」
「鼻血が出てる」
セレンに言われて、鼻の奥からサラサラとした生温い液体が流れ出ていたことに気が付く。
それが何なのかイマイチよく分からないまま俯くと、履き慣れたお気に入りのジーンズに小さな赤黒いシミがいくつか散らばっていた。
「うわぁ、いつの間に! なんでこんな時に出てくるかな」
わたしはセレンの手を解いて、ローテーブルに置いてあったティッシュを素早く抜き取った。
慌てて鼻を押さえている間に、セレンは太もも辺りについた血液の跡をティッシュでトントンと叩きながら拭ってくれている。
「まあ、あれかな」
「あれって何」
セレンは、きょとんと首を傾げた。
「欲求不満?」
「ばか違うわ! あり得ないくらい近くで、ドキドキすることばっかり言われたらどうしていいか分かんなくなって、そしたらツーッて」
「ふぅん。興奮したんなら、やっぱ欲求ふま……」
「黙って! 今すぐ黙って!」
セレンが楽しそうにくすくすと小さく笑っている。
わたしはティッシュで隠れた唇を、きゅっと尖らせた。
「絶対あたしのことばかだなって思ってる」
「思ってないよ。いいじゃん、いろ巴らしくて」
「良くないよ。大事な場面なのに」
「そう思ってくれるだけで、おれは嬉しいよ」
セレンはティッシュをごみ箱に投げ捨てて、ソファに深く座り直した。
ソファの背に頭を倒し、鼻をつまむわたしを見ながらゆったりと満足そうに―――色っぽい笑みを浮かべている。
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