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「な、何よ」
「いろ巴がさっき、ロサンゼルスに行くのは寂しいって言ってたなと思って」
「そうだよ、悪い?」
「全然。おれが誰かと結婚すんのも嫌だった?」
「嫌に決まってるじゃん。セレン、何も教えてくれないから、結婚するんだって思い込んじゃったし。ロサンゼルスのことだって、教えてくれたら良かったのにって思ったよ」
「それはごめん。おれがロサンゼルスに行くって言ったら、いろ巴との関係が何か変わりそうで言えなかった。余計な心配をかけたくなかったんだよ。自分の気持ちとロサンゼルスに行くことを伝えるのは同じタイミングだと思ってたから」
セレンはソファに片手をついて、二人の間にできた隙間を埋めるようにぐっと身体を寄せてきた。
わたしの鼻を覆っていたティッシュを雑にはぎ取り、下から覗き込むように顔を見つめてくる。
「あ」
「もう止まってる」
セレンからの視線がやたらとくすぐったい。
そして、たまらなく恥ずかしい。
「そろそろ、いろ巴の気持ちが聞きたいんだけど」
「いや、あの……言うタイミング失っちゃって」
「今は?」
「今!? 無理だよ、恥ずかしいから絶対無理」
「じゃあ、この後で聞かせて」
「こ、この後って……今から何するの?」
セレンから離れようとした途端、背中に腕が回って強引に抱き寄せられた。
抵抗することもできないまま、完璧に整った顔がさらに近付いてきたかと思うと、わたしの鼻先にセレンの鼻先がツンと軽く押し当てられる。
瞳をじっと見つめられ、吐息がかかりそうな距離でセレンはそっと低く囁いた。
「次はこっちにするよ」
気がつけば頬を撫でていた親指が、ゆっくりと下に降りてきて唇をなぞっていく。
「それってもしかして……キ、キ、キス? 今からキスするつもり?」
「そうだけど」
「やだ、恥ずかしいよ! もう顔が熱いもん、また鼻血が……」
「出しとけば」
「そんなのだめ、我慢できないよ。きっと次はいっぱい出ちゃう。セレンにかかっちゃうかも」
「何それわざと? 際どいな。違う意味に聞こえる」
「は? 意味が分かんない。何言ってんのよ、ばかばか離して」
セレンの胸を両手で叩く。
でも、すぐに両手ごと強く抱きしめられて身動きができなくなった。
「もう黙って。顔上げて」
ここからは、どうやっても逃げられそうにない。
恥ずかしさのあまり暴れ出しそうになる気持ちをぐっと堪えて顔を上げる。
目を合わせる余裕なんか微塵もないから、視線は落としたままだ。
男の人に少しでも慣れていたら、こうやって恥ずかしがったり余計な抵抗なんかしなくてもすむんだろう。
わたしはとことん可愛げのない性格だと思う。
けれど、これが精一杯だから仕方がない。
「照れてんの?」
「照れてない」
「うん、可愛いよ。目、閉じて」
「か、かわ!? 可愛い!?」
「めちゃくちゃ可愛い。ほら、目は?」
言われるがまま、目を閉じる。
ドクドクと胸を激しく叩く音がうるさいくらい聞こえきて、また恥ずかしさが増した。
「好きだよ」
胸の音に紛れて、耳に甘く響く優しい声。
わたしはやっぱり、この声が好きだ。
好きで、好きで、どうしようもないくらい大好きだ。
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