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「いろ巴」
掠れた声で名前を呼ばれ、手をぎゅっと熱く握られる。
その手を、セレンは自らの胸に導いた。
どういう意図があるのか理解できないまま、硬い胸板に手のひらを広げると、波打つように胸を叩く鼓動がわたしの身体にしっかりと伝わってくる。
「分かる? ばかみたいにドキドキしてる。いろ巴にだけだよ、こんな気持ちで触れたくなるのは」
セレンは壊れ物を扱うような手つきで、わたしの手の甲を唇まで寄せるとゆっくりとキスを落とした。
「いろ巴しか見えないんだ。幸せにするよ、約束する。だから、おれを受け入れて。おれだけに触れて欲しい」
もう抵抗するなんて無理だった。
何も包み隠さず、これだけ真摯に気持ちを打ち明けられて、首を振る女の人なんているんだろうか。
答えは否だ。
わたしはセレンの手を包み込むように握り返した。
セレンの目が僅かに見開く。
「わたしはもう幸せだよ。だって、セレンがいなかったら今のわたしはいないもん。セレンがいてくれるから、何でもできる気がするの。強くなれるし、優しくなれる。一緒にいたら、大変なことが起きたとしても大丈夫って思えるんだよ。少しだけど離れてみて分かったの、わたしにとって一番大切な人はセレンしかいない。大好きだよ。今までも、これからも」
言い終わったと同時に勢いよく抱きしめられ、セレンの胸の中で笑みがこぼれる。
思いきってわたしもセレンの背中に手を伸ばすと、抱きしめる力がさらに強くなった。
初めて触れられた、セレンの温もり。
いつ手を伸ばしても届かなかったそれが、わたしの腕の中にいる。
「やっと、つかまえた」
「やっとつかまえた!」
二人で同時に呟いて、微笑み合う。
セレンも同じことを考えていたなんて、何だかおかしい。
照れ隠しに笑いながら俯いたわたしの髪を、セレンがさらりと掻き撫でる。
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