240人が本棚に入れています
本棚に追加
/114ページ
裕福な家庭で育ったものの、大規模な同族経営企業のトップに立つ父と、セレンを生んだ後も働き続けていた母は家を空けることが多かった。
そして父も母も、セレンが物心ついた頃には外で自由に恋愛を楽しんでいた。
家庭のあたたかみなんて微塵も感じたことがない。
望んでいた時の記憶も既にない。
自分がいずれ家族を持つかもしれないなんてことも、誰かと心を通わせたいとも思わない。
運命なんて言葉を聞くと、とてつもなく白けた気分になる。
決まった相手は作らない。
嫉妬や束縛をしてくる女は邪魔になる。
セフレだけで十分だ。
何かに縛られるのは嫌いだった。
期待するのはもっと嫌いだった。
自由に遊んで、自由に音楽をして、自由に酒を飲んで。
一人でいれば、誰にも咎められない。
セレンには自由以外に必要なものはなかった。
ベースを取りに帰ってから電車で繁華街に出ると、もうすっかり陽が暮れていた。
駅周辺の人込みを抜け、ライブハウスに向かう道に出たところで、雨粒がポツポツと肩や頬を濡らし始める。
歩く速度を早めようとしたその時、前の小さな十字路の隅でオカッパ頭の女がしゃがんでいる姿が目に入った。
段ボールを色々な角度から覗き込み、ゴソゴソと何かをいじくっている。
「おーよしよし、こんな所に捨てられて可哀想に」
歩きながら段ボールを覗いてみると、中で2匹の茶色い子猫が女の手とじゃれ合っていた。
女は子猫の頭を撫でた後、おもむろにコンビニの袋からミルクを取り出し、小さな傷が目立つ餌入れになみなみと注いだ。
「うちではペットが飼えないから連れて帰れないんだよ、ごめんね。誰かいい人が拾ってくれたらいいんだけど……。とりあえずまた後で来るよ。それまでこの傘、使ってて」
女はボロボロのビニール傘を広げると、段ボールに付いていたビニール紐を引き剥がして電柱に括り付けた。
子猫が、できたばかりの透明な壁の向こうでミャアミャアと頼りなく鳴いている。
―――偽善者。
後で来ると言っておきながら、どうせすぐ忘れるんだろう。
気が向いた時にだけ構ってやって、自分はいい人だと周りにアピールする。
中途半端に手を貸して、優しいふりをするやつがセレンは何よりも嫌いだった。
雨足が強くなる中、淡々と十字路を渡り道路を振り返る。
女の背中に冷めた視線を送って、セレンはライブハウスに繋がる古びたビルの階段を降りた。
最初のコメントを投稿しよう!