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「夕実は、俺を自分の思い通りにしたかったみたいで束縛して来て、結婚の話ばっかりされました。
自分を家庭的に思わせたいのか、俺の分まで頼んでもいないのに弁当作ってくることもあって。
渡して来た場所も最悪だった。
会社の人に付き合ってるなんて話してないのに、見られるのとか考えないんです。
柔らかくなるべく気を遣って注意したらすごい剣幕で怒り出して……そこから癇癪起こすようになっていったんです。
だから、ヒステリックが酷くなったのは俺が悪かったのかと……。」
杉田夕実は確かに酷いヒステリックだけど。それについては唐沢直哉が悪いなんて誰も思わないのではないか。きっかけを作ったのが唐沢直哉だと思うのも違うような気もして。
「え、どこで渡されたの?」
「会社のロビーです。受付の人がいる目の前で。」
「あー、それあれよ。付き合ってることバラしたいの。」
「ですよね、そうだと思ったんです。」
杉田夕実の性格を考えれば、他にも唐沢直哉にとって不都合なことがあったのだろうと考えた。
付き合って最初の頃は舞い上がるものだし、自分だけのものでいて欲しいから周囲の人に手を出してほしくなくて何らかのアピールをしてしまう。
それで相手を縛り付けて自分だけのものになった気でいるのだから。相手が他所を向けば酷い裏切り行為をされたと思っても仕方がないこと。
杉田夕実の執着心は、恋愛に限らずだと思う。過去に自分の大切なものを何度も奪われる生き方をしてきたのか。唐沢直哉への執着の仕方は異様に思える。
杉田夕実は、どんなに体を交じらせ愛人の地位を掴もうとも本当の意味で手には入らない乃村をいつか捨てて、唐沢直哉と誰からも認められる夫婦になり勝ち誇りたかったのだろう。
唐沢直哉がマグカップを片手で握りしめて、ため息つく。
「他人は自分の思い通りになりません。そんな簡単なことがどうして理解できないんだろう。」
離婚しないと言った筈の唐沢直哉が、離婚届をじっと眺めている。
利き手は怪我をした腕のせいでまだ不自由だ。タッチパネルやキーボードなら使えるが筆記用具や食器は握れない。
「自分に言ってんの?杉ちゃんが聞き分けないから直くんの思い通りにならなかった?」
「怖いですね。」
「ん?」
「自分の言葉は、そうやって自分に返ってくるんだ。」
「あー、……杉ちゃんが直くんを思い通りにできなかったって話?」
「はい。何言ってんだか……ですよね。」
深いため息が唐沢直哉から吐き出された。
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