別れたい女たち 〜恋は愚か愛は憎しみと紙一重〜

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『杉田先輩に、なんか勝手に母性感じてしまって。本当に御免なさい。』 夕実と直哉が付き合うきっかけは、新入社員歓迎会だった。 24歳の直哉は酒に弱かった。26歳の夕実は乾杯の瞬間からそれに気づいていた。 『俺、酒弱くて。 あんまり飲めないんです、ほんとうは。 なんか、杉田先輩には甘えたくなってしまって。 すいません、俺マザコンかもしれないんですけど。 杉田先輩とうちの母、名前同じなんです。だからかな。 こんな、タクシーまで一緒に乗せてもらうなんて。』 酔い潰れた割にはしっかり呂律もわまっていて、自分の現状もはっきりわかっている直哉に夕実はなんとなく感心したものだった。 夕実は、そんな直哉をただ帰すのはもったいないと、頭のはっきりしている直哉に持ちかけた。 『もっと甘えていいよ。朝までだって私は構わない。』 直哉は酔っていても、その言葉の意味は理解できた。一夜限りのリップサービスだと思うが、直哉は酒が入ればより一層下半身に理性がなくなる。 付き合っていようがいまいが、すぐ抱ける女は抱いておこうという考えだった。 『じゃあ、うち泊まっててください。割と綺麗なので。杉田先輩さえ良ければ……。』 タクシードライバーのことなど気にも留めず後部座席で唇を重ねたのが2人の始まりだった。 出会った頃の年下かわいい系男子な直哉を思い出し、夕実は左手の薬指に指輪をはめ直した。 そして、夕実は思う。 直哉を縛りつけたところで、直哉の心は私からはもう離れていると。 私は私で、直哉にはほとほと愛想が尽きていると。 夕実はまわりからただ、幸せな女だと思われたいだけの女。結婚をすれば幸せと思ってもらえるとそう信じている。 夕実が妊娠をしているのは本当だが、直哉の子ではない。 夕実にはもう数年も付き合っている妻子持ちの男がいる。同じ会社の常務取締役 乃村忠寿(のむらただひさ)だ。 乃村の力で夕実は今、係長という役職を与えられている。 社内では乃村と夕実の関係は噂話程度に広がっていた。直哉は、その噂を知っていて夕実と付き合うと決めた。 乃村は乃村で、もちろん夕実と直哉がそういう仲になっていることは知っている。 乃村は夕実と直哉が付き合っていようが目くじらを立てることはなく、他人のものとなった夕実に対し益々燃えた。 夕実は夕実で乃村といくら付き合い続けても、乃村を自分のものにすることはできないことは始めからわかりきっていた。 乃村と関係を持ち2年目、直哉という存在が現れ体の寂しさと同時に心の虚しさも埋めてくれた。 乃村では叶えられない希望を直哉で叶えようとしていたのだ。
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