別れたい女たち 〜恋は愚か愛は憎しみと紙一重〜

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「なんで俺が……。」 直哉は吐いた後の口内を濯ぎ、顔を洗った。 直哉は日頃からストレスに弱く、過度な緊張状態により嘔吐をすることはよくあった。 スマホを出して、電源を入れる。知らない番号が並び着信履歴は283件にも及んでいる。 「……何これ。」 ーーーきっと、借金の取り立てだ。今夜、自分の家には帰れない。 直哉の勘がそう言っている。 とはいえ、夕実の家には泊まりたくない。 直哉からすれば夕実と別れないのは常務命令のようなもの。2年前、合コンに参加したのは、夕実に対して気持ちが冷めていたから。 合コンをし比嘉結菜と一夜を過ごした翌日、乃村に呼び出されたのだ。 合コンの幹事が、乃村が可愛がっている新沼博敏(にいぬまひろと)という下請け会社の男だったことが運の尽き。 直哉の浮気をいの一番に指摘してきたのが、夕実を愛人にしている乃村だったのだ。 どの面でどんな感情で乃村がそれを言い放ったのかは直哉は覚えていないが、『夕実と別れたら海に沈める。お前がもし、会社を辞めても逃さない。』と脅されたのだ。 唐沢直哉には到底理解ができなかった。 乃村が直哉のネクタイを締め直しながら放った言葉だから覚えている。 直哉はスマホから会社近くのビジネスホテルのサイトを開いた。シングルに2部屋空きがある。素泊まりを選んで予約を入れた。 その場凌ぎの逃げ道だ。 「……別れたい。」 ため息と同時に自然と言葉が漏れた。 「……別れられないなら、死にたい。」 直哉は比嘉結菜からも夕実と結婚しろと言われている。1年我慢し夕実の財産で借金をまっさら綺麗にできれば比嘉結菜は直哉を紐にすると言った。乃村に何をされようとも会社も辞めてやる。 でも。 「クソババアのそばに1年も……無理だろ。地獄だ。こどもも無理。気持ち悪い。」 直哉はまた襲ってくる吐き気に便器の蓋を開けた。 吐いても吐いても、吐き気は治らない。 「クッソ……俺が何したって言うんだよ……。」 直哉がしたことは。恋人関係の中での浮気。 婚姻関係のうちに行ったものではないため、不貞行為とは見做されず法的に裁かれることもなければ罪になることもない。 とはいえ、法律が裁かなくても浮気をされた本人が、浮気をした当人に精神的苦痛を与えられたことに対し仕返しをするのは致し方ないこと。 浮気をされて、『どうぞお好きに』と振る舞える人間は指折り数える程度だろう。 「……ォウエェエエェっ。…ハァ…ハァ…クソ。」 吐瀉物は個体から液体に変わった。直哉の腹にはもう胃液しか吐くものがない。 喉を焼くような酸っぱい苦い液体に涙腺から涙が伝う。吐きすぎて、顔の筋肉も張り詰めている。 ただ…夕実のお腹の子に対し 「つーか、絶対、俺の子どもじゃないし…。」 直哉には絶対の自信があった。 「マジ、クソすぎんだろ……。」
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