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ソファーに座るその男を見て、背筋が凍りついた。
直哉を見るその目つきその佇まいから堅気ではないと察しがついたのだ。
その男……篠木由治は、表向き建築物設計事務所ポンドホームズの代表取締役社長であるゆえ堅気ではないとはわからないのだが。
「こんばんは。唐沢直哉くん。」
「……こんばんは。」
直哉はその男と距離を詰めることなく、リビングのドアのそばに立っている。いつでも逃げらるように。
「パパ、直くんのこといじめないでね。直くん、彼女さんにいじめられて今心ボロボロなんだから。」
比嘉結菜が唐沢直哉の着ているジャケットを脱がせる。
「皺になるからハンガーにかけておくね。」
ーーー何、この空気。
直哉は額に汗を滲ませるが、吐き気までは覚えなかった。
「そんなところに立ってないで好きなところに座ってください。話をしましょう。」
なるべく篠木由治から遠くて、なるべくドアに近い場所に陣取って正座をする唐沢直哉。
きっと比嘉結菜とたびたび会い、体を重ねていることを詰められしまいには“殺すぞ”と脅されるのだろう。
直哉が比嘉結菜に視線を送れば呑気にジャスミンティーをいれている。
ペットボトルでもティーパックでもない、お湯を注いで数秒待つと
「直くん。綺麗だよぉ、お花咲いてきた。見て見て。」
ジャスミンの花が開くジャスミンティー。
比嘉結菜が直哉のためにいれてくれたそのジャスミンティーをじっと見た。メラミン製の透明のティーカップの中でジャスミンの花が花びらを広げている。
「うわ。花咲いてる……。」
再び比嘉結菜の顔を見れば、ふにゃふにゃとしたその笑顔に癒されかける。
「飲んで。落ち着くよ。」
「…いた、…だきます。」
生きてるうちに口にできる最後の飲み物かもしれないと直哉はティーカップに口をつけた。
「パパのこういうお土産、意外だったなー。台湾だっけー、出張。」
お湯の熱さと、『“パパ”のお土産』という言葉に体をビクつかせた直哉は、思わず“パパ”を見た。
「唐沢直哉くん。遠慮せず、飲んでください。」
「……は、はい。」
この男が、自分に求めていることがなんなのか全くわからない。いや、謝罪を求めているのだろうけど………。
ジャスミンティーは冷めるまで飲めそうにない。
そう思った直哉は、ティーカップを床に置いて、両手を床について頭を下げた。
「……申し訳…け、ありませんでした。」
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