別れたい女たち 〜恋は愚か愛は憎しみと紙一重〜

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杉田夕実は、家にあげてしまったその男…深池祐樹が堅気ではないような気がした。 目の下のクマ、口にあるピアス。五分刈りの銀髪、うなじから首に目を落とせば、シャツの襟元の皮膚が青黒く見えた。刺青のようだ。 ご職業は? とは気軽に聞いてはいけないような空気が漂っている。 そもそも、なぜ深池祐樹が杉田夕実の自宅前に立っていたのか。なぜ杉田夕実の名を知っているのか。なぜ、深池祐樹は唐沢直哉を探しているのか……。 「杉田夕実さん…、新婚早々、旦那さんに失踪されるなんて不運ですね。」 ーーー新婚早々……? 夕実は、唐沢直哉が自分と婚姻の関係にあるとは知らない。 「旦那さんの借金、支払い義務はあなたにあります。2000万円、こちらに振り込んで頂けますか?」 「え。」 深池祐樹は、羽田空港で唐沢直哉と落ち合うはずだった。篠木由治の命令で、唐沢直哉をフィリピンへ連れて行き共に違法薬物の取引を行うはずだった。 最も何も知らない素人は足手纏いだ。篠木由治が唐沢直哉にその役割を与えた真意は深池祐樹にはわからなかった。 唐沢直哉の失踪を篠木由治に電話で伝えれば、篠木由治は電話口で怒鳴るでもなく、唐沢直哉を探せと深池祐樹に命じたのだ。想定内だとでも言うように口調は柔らかかった。 誰かの差金で逃げたのだろうと、篠木由治は、電話口で笑っていた。 篠木由治は、深池祐樹に杉田夕実宅に向かうように命じた。唐沢直哉の借金は妻である杉田夕実が肩代わりする算段になっているし、本当に陥れたいのは杉田夕実だと聞かされた。 どちらにせよ、唐沢直哉の失踪は好都合だった。 深池祐樹は夕実の反応を疑問に思った。 唐沢直哉と杉田夕実が婚姻関係にあることを杉田夕実は知らないのではないかと。 「あなた…直哉が借金してること、なぜ知ってるの?…あなた、誰なの?」 ーーーそんなことは、家にあげる前に聞けよ。 と、深池祐樹は首を傾げジャケットの内ポケットからアルミ製のシルバーの名刺ケースを出し、中から自分の名刺を1枚取り出した。 「申し遅れました。アンゼンローンの深池です。」 「……深池……。」
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