別れたい女たち 〜恋は愚か愛は憎しみと紙一重〜

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比嘉結菜が帰った後にカフェに取り残された杉田夕実は、自分がぶちまけたアイスティを呆然と眺めていた。 夕実の腹に子どもがいることも、直哉の子どもではないことも比嘉結菜は知っていた。 ーーー惨めだ。子どもなんて、なぜ作ってしまったのだろう。 日々、人の形を成していく胎児。お腹に手を置いて取り返しがつかないことをしたと今更思う。 子どもが直哉の子でないことは夕実が1番よくわかっている。他人に指摘されることではない。 ーーー私が欲しかったのは直哉なの。直哉と家庭を持つ幸せな私になりたかったの。 子どもは確かに間違いなく乃村の子だ。 直哉が義務的に自分とセックスをしていた姿を思い出す。 とても淡白で。夕実が達すれば抜いてしまって、避妊具をすぐに外して体を休めることもなくシャワーを浴びに行っていたのだ。 直哉が自分とのセックスで射精をしたと感じたのは最初の1年だけ……。 ーーー直哉はいつから私に女としての魅力を感じなくなってしまったのだろう。 比嘉結菜のように女性に嫌われそうなタイプの女性を夕実は軽蔑しているが、直哉はその色気に簡単に引っかかってしまった。 『直くんは、軟弱で幼い男の子なんです。優しくて女の子らしいママが好きなんですよ?』 ーーーあなたが直哉の何を知っているって言うの? 『杉田先輩に、なんか勝手に母性感じてしまって。本当に御免なさい。』 ーーーあの頃の直哉に戻って欲しかった。 直哉は確かにマザコンの気があって。 付き合い始めの頃は、生意気な態度を見せながら甘えてくることもあったのだ。 夕実は、そんな直哉をかわいいと思い、手懐けてしまいたかった。なんでも言うことを聞く従順な男にしてしまいたかった。 杉田夕実はお互いを尊重し合えるような関係など望まず、ただ自分の思い通りになる男が欲しかった。 その結果、直哉は多額の借金を残し失踪してしまった。夕実には返済の義務はないが、借金の取り立てをしにアンゼンローンの深池が夕実の家を尋ねてきたのも真実だ。 直哉が無断欠勤となり、部署内では夕実への陰口が始まっていた。 『杉田さんが唐沢さんに圧かけてたらしいよ。』 『杉田さん、普段から圧強いもんね。』 『あの人、乃村常務の愛人だからパワハラ許されてるけど、唐沢さんはランチまで誘われて逃げ場なくて可哀想だったよね。』 『唐沢さん、最近顔色悪かったし鬱病になったらしいよ。』 『絶対、唐沢さんの鬱病って杉田さんのせいでしょ。』 ただの憶測に過ぎない、根も葉もない噂話。一人歩きする様々な噂が夕実の脳内でこだました。 「何よ?私が間違ってるって言いたいわけ?」 テーブルに飛び散ったアイティと氷が腹立たしく思えた。壁際に座っていた比嘉結菜は避けることなくアイスティを浴びていた。 真正面から受け止めたその顔を思い出しても腹が立つ。比嘉結菜はずぶ濡れになってなお怒りを見せずに笑っていたから。 夕実はテーブルを見渡して気がついた。伝票がないのだ。 ーーーあの女。どこまでも私をバカにして……。 「絶対に地獄に落としてやる。」
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