別れたい女たち 〜恋は愚か愛は憎しみと紙一重〜

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病院の総合待合室。 腕を何針縫われたかわからない直哉は長椅子に座ってぼーっとしていた。 意識を失った夕実に付き添って救急車に乗ったのだ。 夕実に切りつけられ破れた服には直哉の血液が付着している。 「大丈夫かよ?」 自販機で買った缶コーヒーを唐沢直哉に握らせた。 「澤木さんの仕事って、大変ですね。」 「……君みたいに体張らないよ。俺は。」 直哉の右手に力が入らない。切りつけられた傷は相当深くまでいっていたようだ。 「だって、ゆいちゃんの妹が夕実に切られそうだったから……。」 浮気や不倫から殺傷事件に発展することは稀にある。だから、俺にとっては“またか”と思う程度だ。 「あの。」 「ん?」 「服、こんなことになってすみません。」 「別にいいよ。」 「でもこれ、高い古着ですよね……。ネットで調べたら10数万…。」 「君、そういうことするタイプなんだ。怖いね。」 唐沢直哉が着ている服は俺の服だ。 直哉は自己破産の手続きが済むまで俺の家の空き部屋に仮住まいしている。 杉田夕実には申し訳ないが、直哉は行方をくらませている間、ずっと俺の家にいた。 唐沢直哉は、深池組に目をつけられている状態。家もスマホも失っているため、安全確保も兼ねて俺の家に住まわせていたのだ。 「澤木さんの事務所に来た時から夕実、なんかおかしかった気がしてましたけど……。」 「さすが彼氏ー、敏感だねー。あ、夫か。」 「……。」 直哉は動かせない右手をじっと見た。 「夕実は、ショックなのかな……。」 杉田夕実のお腹の子は流れてしまった。 「俺の子じゃないけど、子どもが死んだのはキツイ。全部、俺のせいだ。……俺が、ゆいちゃんに出会ってなかったら、子どもはできなかったし、死ななかった……。」 直哉が体を震わせて、左手で目を覆う。 杉田夕実は唐沢直哉が比嘉結菜と浮気をしていなかったとしても、乃村と愛人関係にあるのだから子を授からなかったとも言い切れないが。 「そうだな。お前のせいだよ。」 直哉が泣き崩れた。想定内だ。直哉にとって三度目の浮気は文字通りに地獄で。 「子どもはお前が殺したんだ。そう思え。」 法律で裁かれなくても、罪にならなくても。取り返しのつかない過ちであることに違いない。 「謝れ。杉田夕実に。」 ただ、探れば探るほど。 唐沢直哉は、比嘉結菜の杉田夕実に対する復讐劇に巻き込まれていたというだけの相関図が見えて来て。 さらに言えば乃村が杉田夕実を愛人としているのにも、篠木由治を通じ比嘉結菜が絡んでいる。 比嘉結菜と唐沢直哉を出会わせた新沼博敏も篠木由治と繋がりがあり、杉田夕実とも繋がりがあった。 この相関図だけを見れば唐沢直哉は組織ぐるみで利用されたということになるが、比嘉結菜の行動を見るに果たしてそれだけだろうかと疑問が湧いてくるのも確かだ。
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