別れたい女たち 〜恋は愚か愛は憎しみと紙一重〜

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世界中の不幸を背負った気分でフラフラと立ち上がる。両手から流れる血液を気にも留めずに潰した缶をビニール袋に入れて、また新しい缶を手に取った。 ジンのソーダ割り。ティファニーカラーを薄くしたようなその色の缶のプルタブを爪に引っ掛けた。 「……杉田夕実さん…。」 後ろから、名前を呼ばれたと思って振り返った。グラグラと視界が揺れてよくわからない。 「…誰?」 「……」 そこに立っているのはアンゼンローンの深池祐樹だ。しかし、アルコールの回った夕実は 「直哉?直哉よね。ねえ?」 目の前にいるのが誰かなんてはっきりと認識なんかしたくもなかった。 「抱いてよ。もう私。何もないのよ。」 手のひらが浅い切り傷から滲み出る血で染まっている。深池祐樹は、この日に限って白いシャツ。杉田夕実の手のひらは、容赦なくそのシャツを掴んできた。 深池祐樹のシャツが血で汚れていく。 取り立てに来ただけなのに、服を汚された。と、深池祐樹は眉間に皺を寄せた。 「抱いて、お願いよ。いくらでも構わないわ。」 コンビニ袋から甲類のソーダ割りを出し深池祐樹の手元に押し付けた。 「直哉も飲んで。」 「……あんたさあ。」 深池祐樹は夕実のその手を掴んだ。 「抱いて。お願い。直哉じゃなくても良いわ。私を埋めて。もう何もなくなったの。赤ちゃんもいないの。何もないのよ、私には。」 夕実は、目の前にいる人物が唐沢直哉でないことは認識できた。 ーーーもう、直哉は会いに来てくれない。私のことなんか、もう愛していないの。本当はずっとわかっていた。 唐沢直哉ではない男……深池祐樹の手を掴み、自らの胸や下腹のその下に誘い込む。 「寂しいの。私。お願い慰めて。」 一方で、深池祐樹は自分の手がこの女を触っていることに不快感を覚えている。 アルコールの匂いと皮脂の匂い、落とし忘れた化粧品の匂い。それらが混ざり合った臭い体を擦り付けられて自らの手が服の上からとはいえ、夕実の股を触らされていることが気持ちが悪くて仕方ない。 だが。 「とりあえず、家に戻った方がいい。こんな道端で抱けるわけがないだろう。」
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