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《2》
私が入院して四ヶ月が過ぎた。私はよく寝込むことが多くなった。医者によると私は弱ってきているらしい。そりゃそうだよね、余命なんて一年もないんだし。
でも私はまだやりたいことがある。ここで弱って死ぬわけにはいかない。
本を読んでいる陸をじゃますることなんてできない。だって陸は本を読むと楽しそうだもの。私は外の景色を見た。
「今日の夕日はきれいになりそうだな」
そう呟いた時ふと視線を感じた。振り返って見ると陸がこっちを見ていた。どうしたんだろう。陸と目があった時、彼はソワソワしていた。
よし、今の空は綺麗だし陸に聞いてみるか。
「陸、暇?」
「なんで」
「絵、描かない?水彩だから病院側が許してくれたの」
私はベッドの横にある引き出しから水彩絵の具とちょっと小さいキャンバスを手に取った。
「そうなんだ、でも俺絵なんて描けないよ」
「えー?じゃあ、私のモデルになってくれない?」
「モデル?」
「そう、外にベランダがあるけど。今の状態だと動くのも大変そうだから窓際にあるソファに座ってくれれば」
陸はさっきまで読んでいた本を持ってソファに座った。本でも読むのかな。空と本が好きな陸。完璧な絵になりそう。
「うん!空も綺麗だし完璧になりそう!」
「空も描くの?」
「うん!」
はあ、この綺麗な空をあの草原の木の下で見たら何も言えなくなるだろうな。
あの草原に戻りたい、あと一度でもいいから戻りたい。
絵を描き始めてから一時間。綺麗だった夕焼けはもうすっかり暗くなっていた。空は同じように見えていつも違うんだよね。快晴で雲一つない空でも色が薄かったり濃かったり。雲の形もいつも違う。だから空を見ても飽きない。
「完成!やっぱり最初に夕焼けの空を描いてて正解だった!」
「見せて見せて」
陸が見たいと言ったから陸が写ってる絵を見せた。
「おぉ!すげえ!水彩でもこんなに俺描けるんだね」
褒めてもらえた。陸に自分の絵を褒めてもらえた。それが一番嬉しかった。
「うん、細かいところがあるけどね」
自分で描いた絵を私はまじまじと見つめる。絵に描いたものは描いた人のもの。小学校のときにママが教えてくれた。陸と目があった。
「何?」
苦笑して陸を見る。彼は顔を赤くして「別になにもない」と答えた。
「じゃあなんで俯いてるの」と聞くけど何も言わなかった。
「もう、ツンデレさんなんだから」
陸といるとなんだかドキドキする。緊張なのかどうかがわからない。
「佐藤さん菊池さんご飯を持ってきました」
南さんが言った。ベッドに戻ろうとした陸はまだなにかに捕まってないとよろよろする。転ぶと怪我が悪化するかもしれない。
「陸、肩に手を回して」
そう言うと陸が何かを言おうとしたのかわからないけど、急にむせて咳をした。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫」
「一人で行けるよ」
「いいや!大丈夫じゃなさそうだよ」
私は陸の腕をそっと握ってベッドまで着いていった。だけど、陸に接近するとドキドキが止まらなくなる。この気持ちは一体なんだろう。この心のモヤモヤは一体なんだろう。モヤモヤの正体が知りたい。
今日も陸のお見舞いに田中さんが来た。
「また来たのかよ、大変だから来なくてもいいって言ってるのに。ただの骨折だからまたすぐ会えるんだから」
陸は毎回そういうけど、彼の顔を見ればわかる。心の奥底では嬉しいんだってことを。
「青空ちゃんとも会いたいのよ、こんにちは青空ちゃん」
「こんにちは」
私は今田中さんと笑顔で話している。私は田中さんと陸とのことを話すことが好き。話を聞いてくれる人がいるから。
「それで、陸は私にりんごをくれたんですよ」
「あら、そうなの?陸くんもいい事するねぇ」
ベッドから立ち上がって横にあるソファに座った陸。本を読んでいるふりをして私と田中さんの会話を聞いてるんだろうな。すると田中さんから意外な質問が来た。
「青空ちゃんは陸のことどう思ってるんだい?」
私は今陸への気持ちがわからない。自分でも本当にわからないのかもわからない。でも...
「陸はとても優しくて、賢くて、面白い人だと思います」
「そう、だってよ陸くん」
「なんで俺を呼ぶんだい?」
「なんでって、陸は私達の会話を気になってここに移動したんでしょ?」
「え、そ、そんなわけないし」
「そんな訳あるでしょ」
「なんでそう言えるんだよ」
「だってソファに移動して十分も経ってるのに、陸は本が逆さまになってることに気づいてないじゃない」
本の表紙が逆さまになっているからわかるわよ。陸は私と田中さんの会話を聞くのに集中しすぎて本が逆さまだったことに気が付かなかったのかな?可愛い。心のなかでクスクスと笑った。
「話をこっそりと聞いてましたー。だってたまに二人共俺のことチラチラ見てくるからさ、嫌味でも言ってるんだとしか思えないんだもん」
「あー、そういうことね」
田中さんはいちごがたくさん入ってるタッパーを陸に渡して去った。
「こんな暑いのに苺なんて買えるんだね」
「なつおとめっていう苺なんじゃないかな」
南さんが持ってきてくれた夜ご飯を食べた。陸は食べるのが早い。それに比べて私は遅い。
陸は食べるのが早いから、彼が暇になるのかもと思うとできるだけ早く食事を終えようとする。いつも陸はもっとゆっくり食べなと言うんだけど。
今日もそうだった。
「青空、そんな早く食べないほうが、ゆっくりでいいから。俺のことは気にするな」
また言われた。今日は大好きなハンバーグだから味わいたかった。
「...はい」
食べ終わって食器を回収しに来た看護師が病室を去ると、陸は田中さんが持ってきてくれた苺を青空と分けると陸が差し出してきた。
「陸が貰ったんだから全部食べなよ」
「俺だけ食べるの嫌だ」
「ありがとう」
私はなつおとめは甘いと思う。苺が大好き。
陸、苺を分けてくれてありがとう。
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