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激しい雨が降っていた。
東洋に位置する国がある。その南の一角、とある寂れたスラム街の路地裏。
一人の少年が雨を避けながら、軒下をぬって歩いていた。
「ち、濡れちまった」
軒下を歩いているが、壊れた軒下ばかりであまり雨除けの意味はない。それでも荷物を抱えているため、少年はなるべく雨を避けていた。やがて一つの家にたどり着き、そのまま入っていく。玄関のドアはとうに壊れており、すでに扉の様相は呈していない。
「おい。ジェイ帰ったぞ!」
床や机の上の至る所に雨漏り用のバケツや皿が設置されているリビングを抜けて少年は同居人を探しながら、荷物を持ったまま奥深くへ進む。
「ジェイ!どこいるんだよ」
そのまま最奥にあるユニットバスまで到達すると果たしてそこに目的の男はいた。
「ナー。おかえり」
ジェイと呼ばれた男は浴槽に使った状態で少年を迎えた。
「あ、てめ!人に買いに行かせて一人で風呂入ってんなよ」
「やーすまんね!でも不可抗力だぜ。バケツに溜まった水換えようとしたら上から更に水がふっちまってさ~。全身びしょぬれだよ。もうしょうがねえからそのまま風呂にしたんだよ」
風呂とは言うが浴槽に入っているのは温かい湯ではなく、つめたい水である。彼らが住居としているこの廃墟に水道・電気という文明の利器はとうに役目を放棄しており、生活水は唯一降った雨水を溜めることで得ていた。この風呂の水もいたるところに設置したバケツに溜まった雨漏りの水を浴槽に何回にも分けて運んで使っている。だから湯を使った風呂なんてここ数年入ってない。
幸いこの街は年中雨に降られているため、水の確保に困ったことは無い。
そのかわり、年中じめじめしていて黴が繁殖し、家の中にも関わらず草木がいたるところを侵食し、虫が湧く始末である。
それでも、屋根のあるところで生活が出来るのは贅沢な部類だった。特に2人のように存在を無視された者たちにとっては。
「ッたく。なんだよチクショー。オレがこんなに苦労して……」
「ナー」
ぶつぶつと一人で文句を呟く少年に向かって男は優しく少年の名を呼ぶ。
「あん。なに?」
「風呂。いっしょ入ろう」
そして男は微笑みながら自らの両手を少年に向ける。荒んだ生活を送っているとはいえ、もともと容姿の良い男が行うその仕草は、濡れた髪がしっとりと顔に貼り付いて、より一層男の容姿を艶やかに魅せて少年は思わず言葉を失ってしまう。
「……しょうがねえな」
そして、渋々といった感じを男に見せながら少年は荷物を床に置き、自らも服を脱ぎ捨てる。すべてを脱ぎ終えた少年を男は抱き寄せるように浴槽に引き込み、そのまま慣れた様子で少年の口腔に自らの舌を差し込んだ。
「っ……ふぁ……っ」
「……ん。ナー……」
外から聞こえるバケツをひっくり返したような土砂降りの雨の音と、浴槽の水が動く2人に合わせて激しく跳ねる音、そして自らの口腔を舌で夢中で犯す男がたてる互いの唾液を交わす粘着質な水音。異なる音が織りなす激しい水音を聞きながら、ナーは興奮をきたし始めた下半身とは別の、何処か醒めた意識の部分で今の相棒であるこの男・ジェイとの出会いを思い出していた。
この雨が絶えない街、ツェーリンバは五匹の竜によって支配されている。
正確には竜の術を操ることが出来る5人の人間のことを「竜」と称しているのだが、人々にとっては術で脅し恐怖と暴力で支配する彼らは本物の竜と大差なかった。
歓楽街としてそこそこ栄えていたツェーリンバだったが、ある日よそから来た5匹の竜が止まぬ雨を引き連れこの街の上層部を一掃したことにより、瞬く間にならず者共が巣食う魔窟と化してしまった。それが10年前の話である。 当時ごく一般家庭の息子として何不自由なく暮らしていたナーは、竜たちの暴虐に家族が犠牲になり、たちまちスラムと化したこの街の有象無象の一部になり果てた。
文字通り泥水を啜り草木を噛み、強者の食い物にされながらも今日までこの街で生き延びてきた。街を去る選択肢は日々を必死に生きる中にボロボロに擦り切れて消えた。時に支え合い、時に裏切られ、時に己が相手を裏切り、うち捨てられ何日もただ雨ざらしになる時もあった。
ジェイという男を見つけたのも、ちょうどつるんでいた連中との縁が相手側の死亡という形で切れた所だった。
男は血みどろの姿で地面を自らの血で赤に染め上げていた。普通なら放置しておくのだが、ナーは男を今の居場所に連れて帰った。何故助けたかと言えば、彼が倒れていたのは自分がかつて住んでいた生家だったからだ。
今も心が疲れた切った時に訪れては、幸せな思い出をわずかでも思い出して明日への糧にしているこの場所で死体を放置したくなかった。それだけだった。
連れ帰ったところで薬を与えるどころか滋養のある食事を用意することもできない。ほとんど放置に近い状態だったが、ナーは男の面倒を看た。
傷口を雨水で濯ぎ、発熱する体を丹念に拭いてやり、口元に水を注いでやった。男は劣悪な環境が災いしてか傷が膿み、汚物をたれ漏らしながら何日も高熱にうなされ苦しみぬいたが、1週間後にはうっすらとナーを認識するまでに回復していた。
そして起き上がれるようになる頃には、男は己の名前以外のことを全て忘れてしまっていた。
ナーが命の恩人だということは男にとって絶対の認識らしく。男はひな鳥のようにナーにすり寄り、瞬く間に彼の懐に入り込んでしまった。その姿は成獣の虎が育ての親である猫に腹を出して甘えるようだと、今の2人を知る者はそうからかった。
その根底は出会って1年以上経った今も変わることなく続いており、変わったことと言えばそこに体の関係が増えたことくらいか。
どう工夫しても狭い住居では寝る場所が一つしかないため、2人で身を寄せ合って一緒の寝具にくるまっていた。そして過酷な環境で生死を共にしているうちに、うっかり妙な関係になってしまった。
いや、直接的な原因は、ナーが別の人間に一緒につるまないかと誘われたことだった。その頃はジェイもこの極貧の底辺生活にそこそこ慣れてきており、潜在能力の高さや容姿の良さをもあり色々な者たちから様々な所に誘われているところだった。だからそろそろジェイはナーのもとから離れていくだろうと思っていたのだ。同じ頃にナー自身も別の男に一緒に仕事をしないかと誘われていた。その男はナーを仕事だけでなく、プライベートのパートナーとしても求めていた。搾取されて搾取する生活を送っていたナーにそれは日常茶飯事であり特に抵抗もないことだったので、早々に受け入れようとした。
それを知ったジェイは激高した。いつもの飄々とした態度も忘れ、相手の男を半殺しにした挙句、ナーにも手をあげた。顔を容赦なく殴りつけられグチャグチャに犯され、怒りと興奮で爛々と瞳を光らせ滂沱の涙を流すジェイの金の眼に睨みつかれて、ナーはジェイに屈服した。
あれ以降ジェイがナーに逆らうことは無いが、たまにナーの何かを探るようにジェイに瞳を覗き込まれることが増え、その度にゾクリと背筋が粟立った。何かジェイ自身も把握していない未知の獣をジェイが飼っていることは間違いなかった。
ジェイはナーと繋がれればどんな関係でも良いらしく、体格差からくる負担を考慮して、自らがナーを受け入れることが多かった。むしろナーに組み敷かれることを悦んでいる節があった。一生懸命に腰を振りジェイの中に遂情するナーの姿を恍惚の表情で見つめている。
この男の琴線に己の何が触れたというのか。
今も身を震わせ男の中に己の全てを注ぐ相手を、さも愛しいといわんばかりにキスの雨を降らすジェイの形の良い唇を受け入れながら、ナーは激しい運動後の倦怠感からすうと静かに意識を手放した。
優しく頭を撫でられる感触に意識が浮上する。
視線だけを巡らせるとジェイが己を膝枕しながら、機嫌よく鼻歌を歌っていた。さらに言えばもう片方の手で何かを紙に書きつけていた。器用な男だとナーは思った。
「お、起きた?」
見上げていた男と目が合い、ナーは身体を起した。
「ああ。どれだけ寝てた」
「そんなに経ってねえよ」
「ふうん。……何やってんだ、それ」
ナーはジェイの手元を覗く。
「ああ。これか?」
見るとジェイの手には、ナーが彼に頼まれて苦心して極力濡らさないように慎重に運んできた荷物の一部があった。
「いやさ。この間近くに流れ着いた道教崩れの爺さんがいたじゃん」
「ああ、確かにそんなのがいたな」
竜が支配する街には、胡散臭い連中も蔓延っている。つい最近も若い頃道術をかじっていたという老人がこの街に流れ着いていた。
「あれ、見ててさ。俺もできねえかと思って……さ。ん~こんな感じだったか?」
「あれって、書いた札から火やら水やら出すヤツか?」
「そうそう、それ。覚えたら便利そうじゃん。火ぃつけ放題じゃん?オレもいい加減水じゃなくて、あっつい湯を張ってナーと風呂に入りたい」
「はぁ?んなの見て出来るもんじゃねえだろうが。お前そんなくだらない目的でオレに紙とか貴重なものを買わせたのかよ!無駄遣いにもほどがある!」
「あ、ちょっと集中してるから殴らないで!」
「バカヤロー!そんなくだらねえもんに何が集中……!」
「わ、でたッ!」
ボウ……ッ!
見れば、素人目からみても明らかに何もわかってない者が雑にそれらしく書き連ねたであろう意味不明な記号や文字の羅列された紙に火が灯っていた。
「はは……!見ろ!ナー、俺にもできたぞ!って、うわ、あっちぃ!」
喜んだのもつかの間、ジェイは自分が作り出した火で早速火傷を負った。
道術といって良いものかわからないが、摩訶不思議な術を行使することが出来るようになったジェイは、ますますスラムで頭角を現すようになった。そして、請け負う仕事の危険度も上がるようになったが、今までの住居を引き払い、雨漏りのしない屋根のある家に引っ越せるくらいには生活も豊かになった。
結局のところ、ジェイの最終目的とはやり方は異なったが、蛇口から出る湯の張られた広い風呂に入れる生活を2人は手に入れた。
「あー……幸せ!」
金色の猫足をした3人は余裕で入れそうな大きな白いバスタブに色とりどりの花とバブルを浮かべて、ジェイはナーを抱き寄せて己が自らつかみ取った幸せを享受する。
「ほらナー!シャンパン飲もうぜ!アッパーのやつらは毎日そうらしい!」
「本当かそれ?お前の勝手なイメージじゃねえか?」
「いやいや!これは落ちぶれたハンのおやっさんが言ってたから間違いない」
「あのオッサン情報ー?こんなバカなことやってたから落ちぶれたんじゃ……?」
黒カビに浸食されたひび割れた薄暗い壁ではなく、採光に拘るため広いガラス板が羽目格子にされた窓が映すのは、止まぬ雨模様であった。遥か上空では5人の竜が術で放った黒雲でできた龍が空を旋回し、雨雲を呼び寄せて続けている。
「眺めの良い家だが、雨ばっかだから何にも変わらんなあ~」
「オレは雨漏りを気にしなくていいなら何処でもいい」
「欲がないなあ。ナーは……」
形の良い眉をハの字に下げて、ジェイは呆れたように頭一つ低いナーの頭頂部を見下ろす。生活が潤い、栄養状態がよくなり肌の手入れがされるようになったジェイはますます魅力的な男になっていた。薄く紅を引いて街の大通りを歩けば、どこぞの役者と間違えられてもおかしくないだろう。実際スラムでは何人もの老若男女がジェイの妖艶さに中てられ道を踏み外し、最後は最下層よりもさらに下へ堕ちていった。
その色男は未だナーの傍に侍ることにだけご執心だったが。
「決めた」
目の前の濡れた頭頂部にキスを贈りながらジェイは新たな目標を決意する。
「ナー。俺はこのままアッパーを目指すぜ」
「あーそう。そうすれば」
「あからさまに興味なさそうだな~」
「興味ねぇ。勝手にいけば。オレは行かない」
「嫌だよ。ついてきてくれよ……。お前に世界をみせたい」
「ワインで噴水作るような世界はいらねえ」
ナーは先日、出世したジェイが招かれた裏社会の会合で見せられた馬鹿げた出し物を思い出していた。
「そんなんじゃねえよ。もっとすごいものだ。ナー」
金の瞳に優しい色を滲ませながらジェイはナーの耳元で囁いた。
「お前に虹を見せたい」
それなのにジェイはそのままナーの元からいなくなってしまった。
「でかいヤマを任された」とはしゃいで仕事の打ち合わせに向かったきり、そのまま帰らなかった。
風の噂では、ジゴロをしていた相手との痴情の縺れだとか、目立ちすぎて五竜の怒りに触れたらしいとか、口さがない連中は実にさまざな顛末をナーに教えてくれたが、真実どれが正しいかなんて知る必要はないし、知りたくもない。
ナーにとっては、ジェイという後ろ盾がなくなり、また穴ぼこだらけの雨漏りのする場所に出戻ったことだけが不満なだけだった。ジェイとはどんな形であれいつか分かれるだろうとは想定していた。だからそこについては問題はなかったし、なんならジェイの処世術を真似してそこそこの立場にまでは返り咲いたので、ちょっと雨漏りのする家に落ち着けた時点でナーはさっさとジェイのことは忘れた。
忘れたはずだったのだが。
今、忘れたはずの男が五竜の一人として、ナーの前にいるのは何なのだろうか。サッパリ事情が呑み込めなかった。
無言で見つめ合う二人にかまわず、他の五竜は次々と口を開いていく。
「『ナー』。いや、『ワイアット・サージェム・ランカ』だな」
「お前の祖先が我々から奪った『龍玉』を返してもらおう」
ジェイの姿が消えてさらに数年。あの頃少年だったナーは青年へと無事に成長した。五体満足でこの年まで成長できたことは奇跡に近い。五竜が訪れて以来不幸続きだったため、すっかりグレて祈り忘れていた神々への感謝を殊勝に思い出し、ナーは新年早々近くにある霊廟へ祈りを捧げに行った。
それがいけなかったのだろうか?水神を祀る廟から一歩足を踏み出した途端、ナーの周りをたちまち濃白色の濃い霧が立ち込めた。何が起こったと緊張を身に纏う間もなく、ナーは霧の中から突如現れた屈強な男たちに羽交い絞めにされて、挙句腹に重い拳を打ち付けられて強制的に意識を手放した。
そして気がつけばナーは知らない場所に立っており、彼の視線の先には5人の男がいた。
彼らがいるのは不思議な空間だった。周りに障害物はなくどこまでも白い水平線が続いており、激しく雨が降り注いでいるにもかかわらず、地面に雨粒が一滴も当たらない。空は何処までも厚い雲で覆われ灰色で埋め尽くされているのに、天の先まで見通せそうなほどの透明さを保っていた。まるで雲の中にいるようだった。
その中心でナーはこの男たちは誰だろうとぼんやり彼らを順繰りにながめて、知った男がいることにハッと気づいた。数年ぶりに見るジェイは、益々人間離れした容姿になっていた。天人と言われても納得してしまう美しさを備えており、拾った当初のスラムにいた時の粗雑でジゴロが似合うどこかだらしのない乱暴な男の影は何処にもなかった。別人と言っても良い。ジェイの双子の兄弟と言われた方がまだ納得がいくだろう。だが、ナーはこの男がいなくなったジェイ本人であることを一目で確信した。
「……祖先?何?オレ天涯孤独だから受け継いだものなんて何もないけど?人を間違えてねえか?」
ジェイと視線をがっちり絡ませながら、ナーは緩慢に男たちへ答える。
ナーの家族は平々凡々で実際に彼にそのようなものを受け継ぐような品の記憶はなかったし、あったらとうの昔に売り払っていたはずだ。
「形あるものではない」
「汝が身、汝が血、汝が存在、其の全てが龍玉」
男たちが次々と語りだした。
「昔、龍がいた。天のために力を振るっていたが、ヒトを殺し過ぎると身を5つに分かたれ、地に堕とされた」
「地に落ちる時、姑息にもヒトの手より龍玉は女の腹に落とされた」
「われらは探した。何百年と女共の腹を数多に裂きながら。だが見つからぬ」
「男共の身も何千と割り裂いた。だが見つからぬ」
「だがとうとうこの街で気配を覚った。微弱ではあったがわれらは間違えぬ」
「我らが半身よ。共に天に帰ろうぞ」
「もう我らに残された力には限りがある。雨から天の力を得るとて、貯める器である其方がいなければ」
「早う其の身を割り裂きて、元あるカタチへ戻らん」
男たちの話はナーにとっては意味が解らない話であった。だが、男たちの目的は本能で悟った。
「何……オレに死ねってことか?」
咄嗟に懐に仕込んでいた銃を放ち逃げようとしたが、体が何かの力で縫い留められたかのように動かなかった。
「逃がしはせん」
クックックと手で印を結んだ男が嗤う。
「ウルファンよ」
男の一人がジェイに呼びかける。
「ヒトの術師との争いに不覚を取ったとはいえ、怪我の功名で龍玉の居所を掴むことが出来た。最初の一齧りはお前が相応しい」
「そうだ。龍玉も見知ったお前なら素直に運命を受け入れよう」
先程から何も言葉を発さないジェイは視線だけで4人の男たちに応え、一歩一歩とナーに近づいていく。
ゆっくり近づいてくるウルファンと呼ばれた知らぬ表情を見せる男をナーはただ無言で睨みつけた。
お互いの顔がギリギリまで近づいた距離でやっと立ち止まり、成長したとはいえ未だ頭一つ分は低いナーを男は怜悧な瞳でじっとみつめ、両の手をそっと差し出した。
「ナー。良い男になった」
割れた陶器人形のようにクシャリと破顔し、ジェイは数年ぶりにナーの知る表情を見せて両頬にそっと手を添えた。そしてまるで芸術品を堪能するように彼の成長した姿に見入った。
「お前はますます胡散臭くなったな」
「はは……!それでこそ俺のナーだ……ッ」
口を大きく開けて呵々と笑うジェイ。その次の瞬間ジェイの金の眼の瞳孔がカッと開いたと思ったら、後ろで4人の男たちが突然うめき声を上げ始めた。
「ウルファン……貴様ッ……」
それぞれ地に膝をつき苦し気に息をする四対の眼が、血よりも濃い絆と年月で結ばれた兄弟の裏切りを呆然と見つめる。
「ああ、兄弟。長い年月苦楽を共にした明友よ。元は一つの存在とはいえ、分かたれた今は只の間男共に過ぎん。悪いが俺の幸せの為に死んでくれ」
「何を言っている……ッ?龍へ戻らんのかっ!不完全な姿では龍玉を得たとて天へは帰れぬぞ!」
「なに。既に故郷は得ている」
いつか来る別れを恐れて興味がないように、執着しないように。過酷な環境でひねくれて育った少年の臆病で一途な愛をその身に一心に受けていたジェイという男にとって、最早ウルファンの記憶と天は只の思い出でしかなかった。
「ヴるふぁ゛あ゛あ゛ン゛ッ!畜生にも劣るこの堕竜めがぁああ!」
「蛇に堕ちよ!裏切り者の薄汚い蛇め!其が身は金翅鳥に啄まれるべし!」
淡々と自らの手で兄弟たちの腹を割き、血を吐く呪いの断末魔を聞きながら、ジェイは彼らの肝を生きたまま喰らいながら天女のようにうっとりと微笑んだ。
「ああ。知っている」
いつか彼ら2人が乗る台座は血のように赤い紅蓮華で出来ているだろう。
そしてツェーリンバから五匹の竜は消え。
一匹の龍と一人の青年が雨上がりにかかる虹を追って空に消えた。
―了ー
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