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城やダム、鉄道、マンホール……世の中には色々な物のマニアがいる。
「見ろよ、この美しすぎるアーチ」
「たしかに綺麗……」
「だよなー。あー、早く車の免許取りてー」
哲は、橋が好きだ。あくまでも好きなだけで、マニアとまでは言えない、と本人は言っている。
「ここなら美琴も楽しめそうだよな」
「これ生で見てみたい……はあぁ……」
碓氷第三橋梁の写真を眺めてため息をつく美琴は、古い建造物が大好きだ。
碓氷第三橋梁。通称「めがね橋」
国鉄信越本線横川駅〜軽井沢駅間の橋梁の一つで、雄大で美しい四連のアーチ橋である。
全長九十一メートル、川底からの高さ三十一メートル。
使用された煉瓦は二百万八千個。
現存する煉瓦造りのアーチ橋としては日本最大級で『碓氷峠鉄道施設』のひとつとして国の重要文化財に指定されている。
「紅葉の時期いいなぁ……」
「そうだな」
「ねぇ『碓氷峠廃線ウォーク』だって!」
ふたりの共通の趣味は廃線跡巡りだ。
付き合い始めた数ヶ月前、どこに行こうか話し合っていた時に、たまたまSNSで廃線跡を巡っているアカウントを見つけたことがきっかけだった。
とりあえず、市内からということで、長野電鉄屋代線跡、善光寺白馬電鉄跡、善光寺ロープウェイの跡地を巡っている。
友人たちには「シブ過ぎ!」「高校生のデートコースじゃないよな」などと言われるが、余計なお世話である。
「うーん、ガイド付きで普段は入れないところまで行けるのは魅力的だが……」
「ゆっくりマイペースで見たい派だもんね、哲は」
「そうなんだよ。うーん、今回はちょっとウォークは保留で」
「めがね橋だけでも見に行きたいなぁ……ねぇ、お父さんに車出してもらって行こうよ」
「なんでだよ」
「なんでって?」
「なんでって……お前……」
哲は気が遠くなるような気持ちになった。
なにが悲しくてデートに親の運転する車で行かねばならんのだ。今も家族ぐるみで付き合いがあるし、小学生の頃は一緒に出かけたこともあるが、高校生にもなってそれはないだろう。
美琴はこういうところが、ちょっとニブいんだよなぁ……
「美琴とふたりだけで行きたい」
「え、あ……うん、そうだね。ごめん、変なこと言ったよね」
「いや……まぁ、たまにならみんなで行ってもいいけど……」
哲は考え込んだ。
ふたりの関係はお互い家族公認だが、清く正しい付き合いをしているとアピールするためにも、たまには両家揃って出かけた方が良いのでは……
「あれ? ここって、電車でも行けるんじゃない? ほら、このサイト見て」
「あ、ほんとだ『アプトの道ハイキングコース』か。ふーん、横川駅から出発するのか……」
「めがね橋、バス停もあるみたい」
「うーん。バスは何時間に何本なんだ?」
「バス、運転日が限定されてる……」
「やっぱりか。本数も少ないだろうし、横川駅から歩いた方が無難だな」
「ねぇ、私『碓氷峠鉄道文化むら』が気になるんだけど。あと、力餅食べたい!」
「……これは、何回か行くことになりそうだな」
ふたりとも受験生だから、今年中に碓氷峠に行けるかどうかはわからない。
だけど、こうして行きたいところの話をしているだけでも、充分楽しい。
そして、ふたりで話していると『行きたいところリスト』の項目が、どんどん増えていくのだ。
「また行きたいところが増えちゃった」
「そうだな。楽しみも増えた」
「これ、全部クリアするのに何年かかるんだろ」
「何年かかってもいいじゃねーか。爺さん婆さんになっても、ずっと一緒にいるつもりだし」
何気なく言ったつもりだったが、ふと顔を真っ赤にしている美琴と目が合う。
哲は自分の発言の意味に気付き、頰を染めたのだった。
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