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「今日はね、私のおばあちゃんの十三回忌だったんだ」
「そうでしたか。では、文子さんはそのお参りで」
「うん。だから、これから親族のみんなで夕飯を食べることになってるんだけど……。どうかな?清十郎さんも、私と一緒に来ない?」
「お食事にですか?」
「そう、一緒に」
文子さんは、どうして見ず知らずの僕を親族との食事にそうして誘うのか。それに少し困惑している僕に彼女は「ほら、行こう」と微笑む。
その朗らかな笑みの中に悪意というものは感じられない。しかし、もう僕も家に帰らなければならない頃合いだ。
僕は日が暮れてしまっては家族も心配するだろうからと、そうして文子さんの誘いを断ってすぐに立ち上がったが、その時、長いこと座り込んでいたせいか、急に足がもつれて僕は思わずよろけてしまった。
そんな僕の様子を見て文子さんは最初酷く慌てていたが、次にはまるで昨日立ったばかりの赤子に手でも貸すかのように「そうそう、ゆっくり立ち上がるの」と、制服から伸びた細い腕を僕の腰にそっと回した。
彼女の肩を借りて情けなく立ち上がった後も僕の足の感覚は鈍麻で、ブリキ製の靴でも履いているように歩きづらく、まるで僕の言うことを聞いてくれない。
体の具合がどこか悪いのか、それも判然としないまま思うように動かない両足を摩っている僕の手を取って、文子さんは僕に「大丈夫」と言った。
「こうやって、私が清十郎さんの手を引いてあげる。それに、家族の事は何も心配しなくていいの。あなたの家族も、私の家族も、もう境内の外であなたを待ってるから」
「僕の家族もそこに?」
「うん。だから、行こう!」
ビー玉が弾けたかのような明るい声で彼女が僕の手を引いた。きめの細かい彼女の手の感触は柔らかく、まるで陽だまりに手をかざしたような温かさがある。
その手に引かれながら、僕はおぼつかない足取りで濡れた石畳の上を歩き始めた。
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