雨の匂い

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 気が付くと、僕はお寺の境内にある御堂の軒下に腰を下ろして雨宿りをしていた。  ぱたぱたと屋根に当たる雨音が心地よく、御堂から見える境内の広い石畳は大粒の雨を打ち返して辺りをうっすらと白けさせている。  その様子をぼおと眺めているうちに、雨に立ち上った土の香りがぷんと僕の鼻をついた。  不意に、どうしてこんなところで雨宿りをしているのだろうという考えがふわりと宙に浮かんだが、まるでうたた寝から目覚めた時のように、僕の頭はなかなかはっきりとはしてくれず、母に何かおつかでも頼まれていたような、友達と遊ぶ約束をしていたような、そんな曖昧な記憶が僕の脳裏に去来していた。    それに、なぜだかずっと家にも帰っていなかったような気もする。    どこか遠い思い出のように、両親のことを思うと僕は変に懐かしい気持ちになった。  片や、それが僕に朧気(おぼろげ)な不安を与えているのも事実だったが、不思議と焦りはなく、見慣れた風景が時間を酷く悠長にさせているようで、ここにいる理由が思い出せない事をそれほど気にはしなかった。  このお寺は清憶寺(しょうおくじ)と言って、両親に連れられて何度もお参りに来たことがある。それに、この辺りに住んでいる僕のような子供達の間では恰好の遊び場となっていた。  僕は、その馴染みのある御堂の軒下に腰を下ろしたまま雨が止むのを待つことにした。
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