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西域琥国の沙月姫(5)
「実を申せば、琥王は白虎を董に返還したつもりでおります」
「こちらは受け取ってはいないが?」
「養父を中心とする我ら重臣たちが琥王の命に従ったふりをし、返還の手続きには呪文が必要だと騙して呪文を手に入れ、呪文ごとこちらで預かっております」
卓瑛が目を見開くと軽く笑った。
「戴家の当主は老獪で知られるが、それでも王を相手にそんな芝居を打つとは驚きだな」
「幸い琥王の第二妃に嫡子がおります。この妃は出産時に亡くなってしまいましたが、実家は戴家の遠縁です。われら戴家を筆頭とする商人達が一丸となって、この嫡子をしっかり後見して参ります。琥王は今の妃に男児を生ませたいようですが、仮にそうなっても我らは正統な王太子を守りぬく所存」
卓瑛がさらりと「その王子は確か今九歳であったかな」と言ってのける。
こちらが何も言わなくても内情をご存知か。白蘭は内心ぎくりとしたが、すぐに笑みを作って動揺を隠した。董が西域に構えた都護府から間諜が放たれているのはこちらだって承知している。
「さようです。そして病没した一番目の妃には十六歳の王女がおります。現在はこの姫が呪文と白虎を預かっておりますが、そろそろこれを次代の琥王たる王子に渡し、西妃として入内させるべきときが来たのではないかと……」
冬籟の呆れたような声が割って入った。
「あんた、他人の人生を政治の駒のように扱うのは感心しないな。そのお姫さんはたいそう内気で王宮からも出てこない大人しい性格だそうじゃないか。そんな娘に父親に背いて重責を担わせようとするのは酷じゃないか?」
卓瑛の声は静かだ。
「彼女は、姓名を康婉というそうだね」
白蘭は言葉に詰まる。王宮の奥に閉じこもって外に姿を見せないとされる、そんな深窓の姫君の姓名まで董の皇帝は把握済みか。
──董の間諜は本当に優秀だ……。
華都の奥深くにありながらも有能な間諜を手足のように使いこなす董皇帝。頭が切れるこの皇帝の前で、白蘭は消えた護符の謎を解き、後宮出入りの女商人としての立場を固めようとしている。
──うまくいくだろうか。
いや、やってのけなければ。男の寵愛を頼りに生きるだけだった母のようになりたくなければ。
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