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気付いたら、由岐がこちらを凝視していた。私も本を閉じて彼を見る。しばらくお互い見つめ合う格好で、どちらかが口を開くのを待った。
「……ごめん、当番に来られなくて……授業、サボらせて」
先に口を割らせた優越感を少し味わいながら、私は首を横に振った。
「別に、当番はそれほど忙しくなかったし、授業に出ないのは私がそういう気分だっただけだから気にしないで」
「……気を遣わせて、ごめん」
そう思うなら現状を説明してくれ、と口に出そうかと思ったがやめた。私が首を突っ込むような話ではないかもしれない。知らないほうが良いことかもしれない。
由岐は気だるそうに身体を起こし、ぎこちなく口を開いた。
「ちょっと落ち着いたから、もう大丈夫……その、さっきまですごい頭が痛くて」
「なら、やはり保健室に行くべきでは……?」
「いや、うん、それはそうなんだけど……」
口ごもる由岐の顔色はまだ青白い。私は指先で本のページを弄びながら、次の言葉を待った。
「香水が……」
言いながら、由岐の目線はまたゆるりと下がっていく。視線がかち合わないのをいいことに、私はじっくりとその顔を眺めた。
カースト上位の女子たちの話題に常にのぼっている由岐亨。やはり造形が良い。同じ生き物とは思えないほど整った顔立ちに、今は血色の悪さが加わってさらに人形めいて見える。
彼女がいるという噂を耳にしたが、こんな美男子の隣を歩けたらさぞかし気持ちが良いだろう。そしてその彼女もまた、彼にお似合いの美女なのだろう。
「昼休みに呼び出された先輩たちの――香水の匂いがきつくて……気分が悪くなって……でも、その先輩たちは、よく保健室に入り浸ってるから……またそこで出会ったりしたら嫌で……」
なるほど。やはり彼が私とは違う世界の人間だということと、保健室ではなく図書室に来た理由についてだけは納得した。だが、高校生の口から「香水の匂い」などという大人な言葉が出てくることを一切想定していなかったせいで、私は少しばかり動揺した。
由岐は言い終えるとまたぐったりと机に臥せってしまった。静かな図書室に、浅く上下する彼の背中。本の表紙に指を置きながら、さて、どうしたものかと考えたが、答えは割とあっさりと私の中で決まった。
私はそのまま由岐を置いて、図書室を出た。
ここで推理小説の続きを再開しても、きっと由岐は文句を言ったりはしない。私の行動など、彼には何一つ影響を与えたりはしない。だから、これは私の自己満足だ。
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