2人が本棚に入れています
本棚に追加
「分かった。じゃあ、質問を変える。あんたは亨くんのこと、どう思ってんの?」
「どう、とは?」
「だから、好きなのかってことだよ」
「……それは」
親しくもないような人間に、何故そんな個人的な感情について問い詰められなければならないのか。私は沸々と湧いてきた怒りを抑えることができず、カウンターの下で拳を握った。
「先輩に言う必要はないと思います」
「あんた、あたしのこと舐めてんの?」
先輩がどすの効いた声で言った。ひりついた空気が図書室を覆う。
何人か生徒が足音を忍ばせて出て行ったから先生を呼んで来てくれるかと期待したのだが、どうやら逃走しただけのようでいまだに援軍は来ない。
先輩が私の胸倉を掴んで、自分に引き寄せる。近くで見た先輩は今日も厚化粧で、主張するつけまつげがハリボテ感を強めていた。
「亨くんの周りをうろちょろして目障りなんだよブス。彼に迷惑かけてるって気付いてないの?」
それはこちらの台詞だ。飛んできた唾に思わず顔を顰めると、先輩は般若のような表情をした。だが、もう怖くはなかった。それよりも猛烈に腹が立って、私は同じくらい強い視線で先輩を見返した。
「それなら先輩たちも同じことです。由岐くん、先輩たちにちょっかいかけられてとても困ってます。迷惑かけてるのはどっちですか。本気じゃないなら、放っておいてあげてください」
「……まじで、あんた何様のつもり?」
「私はただのクラスメイトで、ただの図書委員ですが、少なくとも由岐くんの顔しか見ていない先輩たちよりかは、ちゃんと彼のことを見ているつもりです」
自分でも驚くぐらい、すらすらと言葉が出て来た。普段の私なら、学校内での争いごとなど絶対にしない。目立たず、波風立てず、無難な学校生活を送ることに全力を注いて生きてきた。だからずっと、私は地味な図書委員であり続けてきたのだ。
それなのに今の私は、これまでの努力を全てドブに捨てて一時的な感情だけで先輩に噛みついている。この衝動が何なのか、私には分からなかった。
「先輩が本気で由岐くんのことを好きだと言うのなら、別に口出しする気はありません。でも、遊びだって言うならやめてあげてください。由岐くんはお人形なんかじゃない。先輩の価値を高めるだけのお飾りなんかじゃない。容姿だけじゃなく、その中身もちゃんと見てあげてください」
「黙れよ、ブス!」
耐えきれなくなった先輩が、私の頬を叩いた。割と良い音がして、私は口の中を思いっきり噛んだ。二発目が飛んできそうになったので、私はカウンターの下で適当に掴んだ本を無我夢中で振り回した。だが相手は三人だ。
「このっ……!」
誰もいないのを良いことに、先輩たちは私をカウンターの中から引きずり出した。こういう時に大声など簡単に出ない。歯を食いしばって抵抗したが、私は汚い床に転がされた。
香織と呼ばれた先輩が、私の前髪を掴んで引き上げる。ポケットから出したカッターナイフが私の頬に添えられて、本能的に背筋が凍った。
「その顔、更に不細工にして二度と亨くんの前に出られないようにしてやろうか」
もはやここまでかと諦めの心境になった時、図書室の扉が荒々しく開く音がした。同時に、先輩がカッターを持つ手を振り上げた。
最初のコメントを投稿しよう!