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episode.5
項垂れながら先輩が図書室から出て行き、お互い緊張の糸が切れてなし崩し的に床にへたり込んだ。私はポケットからハンカチを取り出して、由岐の腕に巻いた。傷自体は浅いようで、出血も既に止まっていた。私は由岐の綺麗な腕に傷が残らないか心配したが、本人は気にしてなさそうだった。
「……竹谷さん、本当に巻き込んでごめん」
「私は大丈夫。それより、怪我の方が心配だから早く保健室に。それから先生にも報告しに行かないと」
気が抜けたせいか、時間差で震え出した指をそっと背中に隠した。今更になって芽生えた恐怖心に私も大概普通の女子だったんだな、と心の中で自嘲していると、由岐がまた申し訳なさそうに、
「……怖い思いをさせて、ごめん」
と謝った。
何てことない、と言おうとして開いた口からは何も出て来なかった。声が出なかった。震えは止まらなかった。
何か言わなければ、そう思って焦る私の肩を由岐が引き寄せた。自分とは異なる体温と匂いをすぐ近くに感じ、私の鼓動は早まった。
「あの……」
すぐ目の前に由岐の綺麗な顔があって、私は緊張に身を固くした。
「由岐くん……?」
「……あれからずっと、避けるような態度を取ってごめん」
「……」
「当番もサボってごめん」
「……」
「俺のせいで、竹谷さんに怖い思いをさせてしまって――本当にごめん……」
大丈夫だよ、気にしてないよ、そうやっていつも通り愛想笑いをしたかった。そうやって、いつも通りの私でいたかった。でも、どうにもそれが上手くできなかった。きっと由岐は何でもないというように澄まし顔でいる私が良いはずなのに、それができなかった。
「……そんなに、謝らないで。由岐くんは何も悪くないでしょう」
絞り出した言葉に、由岐は笑みを零した。
「……竹谷さんは、本当に優しいな」
「……そんなことない」
私は優しくなんてない。由岐が思っているような人間じゃない。一緒にいて落ち着くと言ってくれたあの頃の私と、今の私では彼に対する気持ちの持ち方が変わってしまったのだから。
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