弟に水筒を届けたい

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 午前中だというのにジリジリと照りつけるような日差し。ムワッとまとわり付くような湿気った空気。  さらにアスファルトからの照り返しで体感温度はさらに高かった。32度? バカ言え、人間の体温くらい余裕であんだろ。  動物園へ向かう登り坂に差し掛かってほどなく、喉の乾きが限界に近付いた。  だが、自分用の水分の持参を忘れた。自販機やコンビニだっていくつも通過したが、ちょっとしたおつかい感覚だったので、財布を持って来なかった。我ながらバカすぎる。  息が上がり、滝のように汗が流れ、自然と舌が出た。ハッハッと言いながらペダルを漕ぎ続けたが、眼前にはまだまだカーブの続く急勾配がモンスターのごとく待ち受けている。  ――あれ? これ、ひょっとしなくても弟より前に俺の方がやばくないか?  そう気付いた時、弟の水筒から鳴るカラカラという氷の音が、悪魔の囁きに聞こえてきた。 「この中に入っている冷た〜いスポーツドリンク、一口くらいもらってもいいんじゃないか?」  ゴクリと喉を鳴らす俺。  いやいやいや。  だがそこで、天使な自分もひょこっと顔を出した。 「飲んでしまったら、一口だけで済むわけないぞ! 空の水筒を弟に届けるなんてわけに行かないだろう!?」  そうだ、天使の言う通りだ。口をつけてしまったら、一気に飲み干せる自信がある。  悪魔の誘惑に負けてしまった後の、弟とのやりとりが脳内に浮かぶ。 『すまない、弟よ……水筒は確かに届けたぞ……でもな、中身が』 『いいんだよ! それよりも、兄ちゃんの優しさはしっかり届いたから!』  ――なんて、そんな無責任かつベタなオチで終わるつもりはない。  ブンブンと首を振り、自分を奮い立たせて登り坂の続きへ挑む決意を新たにした。  だが――  あと少しで頂上というところで、クラッと一瞬意識が遠のいた。辛うじて自転車を停め、路肩に倒れ込む。ズンッと体が重くなり、手足が痺れた。  それでも直射日光は手を緩めてはくれない。  ――ど畜生。あと一歩だってのに、ここまでかよ。マジでやべぇ。死ぬる。  信仰心なんて一切ないのにこんなことを言うのもなんだが、もし神様がいるんならどうか俺の願いを聞いてくれ。  俺はどうなってもいい。せめて、せめて弟だけには水分を届けてやってくれ。最近生意気な口を利くようにはなってきたが、それでも可愛い弟なんだ。  あとできればでいいんだけど、クラスで一番可愛いあの娘に「アイツは弟に水筒を届けるために熱中症で倒れた家族思いなヤツだった」となんか上手いこと伝われば、思い残すことはない……  ――と、邪な思いがよぎった記憶を最後に、俺の意識は途絶えた。
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