弟に水筒を届けたい

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弟に水筒を届けたい

 小学生の弟が水筒を忘れて遠足へ行ってしまった。  本人が家を出てしばらく経ってから、俺はダイニングテーブルの上にキャラクター柄の水筒が置きっぱなしであることに気が付いた。  天気予報によると、今日は予想最高気温が32度に達し、今年初めての真夏日になる見込みだという。水筒がないと、弟は熱中症で倒れてしまうかもしれない。  昨夜寝る前、遠足を楽しみにして普段よりもはしゃぎ回り、早く寝ろと母に叱られていた弟の姿が思い出され、何だか不憫になった。  あいにく両親は仕事で出かけている。つまり、弟の元へ水筒を届けてやれるのは、通っている高校が創立記念日で休みのこの俺しかいないということだ。  大事な家族のためだ。よしと思い立ち、俺は水筒を肩に掛けて自転車でひとっ走り、弟の元へ向かうことにした。  冷蔵庫に貼ってあったお知らせプリントによると、遠足の目的地は動物園。自宅から自転車で30分も漕げば着く距離にある。  小高い山の上ではあるが、まぁ問題ないだろう。運動部で日頃から鍛えているので、体力には自信がある。  なんて弟思いなこの俺――下心なんて一切ない。  昨日の放課後、たまたまクラスの女子たちが教室に残って、好きな男子のタイプを話し合っているところを偶然立ち聞きしてしまったからというわけではない。クラスで一番可愛いあの娘が、「家族思いな優しい人がタイプだ」と言っていたことなど、微塵も関係ない。  明日学校で、「昨日、弟が遠足なのに水筒忘れてったから、自転車で動物園まで届けに行ってやってさぁ〜。いや別に、全然大した労力でもなかったんだけど〜」と、男友達に雑談として話す体で、あの娘の耳にも入るくらいのボリュームで喋ろうなんてことも、別に考えてないし。決して。多分。  ――だが。  走り出して20分ほどで、俺は自分の不用意さを猛烈に呪った。自分の熱中症対策のことがすっかり頭から抜け落ちていたのだ。  
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