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3.誰ができないって言った?
「あの、次、僕の……」
「はいはーい、木戸、がんがんいこうぜ!」
僕の声を無視し、別のひとりがバッターボックスに向かって声を投げる。バットを持ったそいつもにやっとして親指を立てた。
「ちょっと待って、ください。僕、並んでて……あの」
「お前さあ、全然打てねえんだし、もうやめとけよ。時間の無駄」
横入りってやつだろうか。並んでいたのが見えなかったのだろうか? そういうこともあるかもしれないと食い下がる僕に肩をぶつけるようにして、彼らのうちのひとりが吐き捨てた。
「ここさあ、120km、1個しかねえんだよ。それをさあ、お前みたいなへたっぴが使うのって時間の無駄なんだって。お・れ・た・ちの! 時間、食いつぶしてんじゃねえよ」
げらげら笑う彼らの後ろでバッターボックスに立った男が、こきん、と気持ちいい音を立ててヒットを飛ばしているのが見えた。
彼らの言うことは……確かにそうかもしれない。僕のような初心者が、速球とされる120kmに挑戦し綴けるなんて、うまい人たちからしたら「さっさと譲れよ、くそが」な案件なのだろう。
わかっている。わかっているけど。
「で、でも……! 120kmじゃなきゃだめなんです! 120kmでホームラン打たないと俺」
「ホームラン?」
「マジかよ、ウケる」
質の悪い冗談を聞いたとでも言うように彼らが笑い出す。腹を押さえながら笑う彼らの前で僕はうなだれた。
笑われるのは当然だ。2か月やっても全然上達しないのだ。根本的にセンスがないのだろう。それでも諦めたくなくて通い続ける僕は……やはりおかしいのだろうか。でも、僕は。
「マナー悪い男って基本、口ばっかりなんだよね」
吐き捨てるような声が120kmのボックスの隣のボックスから聴こえてきて、僕もそして僕を囲んでいたふたりも、ぎょっとした。
130km速球、と書かれたそこに入っていたのは、すらっと背が高い女の人だった。会社帰りなのか、踵の高い靴を履き、スーツ姿で、バット片手にこちらを眺めている。
「なんか言いました? おねーさん」
僕を囲んでいたひとりがその人を睨む。が、その人は怯んだ様子もなく顎を上げてこちらを睨み返してきた。肩までの髪がさらっと揺れるのが見えた。
「言った。あんたらさ、その子笑うんだから、当然、ホームラン打てるんだよねえ? 打てるから自信満々なんだよねえ?」
「は? そんなこと、言ってねえし」
「え?! 自分達もできないくせにその子のこと笑ったの?」
しどろもどろになる高校生にその人は睫毛がびっしり生えた目を見開いてみせる。彼らの顔が赤くなるのがわかった。
「そ、そんなこと言うあんただってできねえだろ! 俺らより下手なこいつが俺らだってできねえことをやるって言うから……」
「誰ができないって言った?」
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