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4.よく見てな
涼しく通る声でその人は言う。え、と口を開けた高校生たちの前でにやりと笑うと、彼女は無造作にコインを機械に落とし込み、スタートボタンを押した。がこん、と音が鳴り、遠くネットの向こう、バッティングマシーンが動き出す。
「目、かっぽじってよく見てな」
目かっぽじったら見えないです、おねえさん。
つっこみたかったけれど、やめておいた。そんなことよりなんだか只事じゃないことが起きそうだ。
僕ら全員の視線を集め、彼女はバッターボックスの白線の中、ぐいっと大股で立ち、バットを構える。女の人で、スカートで、ヒールなのに、めちゃくちゃカッコいい立ち姿にほれぼれしていた僕だったが、ボールが放たれたとたん、完全に息をするのを忘れた。
130kmの球だ。2か月見続けた球よりも10kmの違い。でも10kmはやっぱり半端ない差だった。飛んできた、と思ったらもう目の前にきている。そんな高速の球を前にしているのに彼女は恐れる様子もなく、ぐいっとバットを引き寄せたと思うと、流れるように前に押し出した。
カキン! と、秋風みたいな澄んだ音と共に、ボールが飛んで行く。さながら蒼穹へ白煙を上げ、上昇するスペースシャトルみたいだ。そうして駆け上がったボールは……僕が目指した「ホームラン」の文字に吸い込まれるようにして、当たった。
「ホームラン!」
軽快な音楽と共に陽気な自動音声が響き渡る。おおお! とバッティングセンターに集っていた客たちも歓声を上げ、パチパチと拍手が巻き起こった。
気が付くと、高校生たちは消えていた。
「まったく。ごめんの一言も言えないとは。ろくな男にならないね」
鼻を鳴らしながら彼女はボックスを出てくる。その足で受付に向かった彼女に、カウンターにいた白髪頭のおじさんが顔をしかめた。
「アミ! お前なあ、身内が景品持っていくってどうなんだよ」
「ごめんてじいちゃん。でもさ、今回はちょうだいよ。あの子にあげたくて」
あの子、と言いながら彼女がこちらを見る。仕方ねえなあ、と受付のおじさんが背後のガラスケースから、カバキチを取り出す。それを両手で抱えた彼女が僕に向き直った。
「ほしかったんだよね? はいよ。あげる」
「え、あ、ええと」
なんか、違う。困惑する僕を彼女は腰を折るようにして覗き込んできた。
「これほしくて頑張ってたんじゃないの?」
「それは、そうなんですけど。でも、俺が自分で打って取ったものじゃないとひろみちゃんに渡すわけにいかないっていうか」
「ひろみちゃん」
ふーん、と呟いて彼女はカバキチを抱きしめる。つらつらとカバキチと僕を見比べ、彼女はなぜかにやりと笑った。
「ああ、なるほど。ホームラン打ったら付き合ってあげるよ的なやつか」
「うっ……」
言葉に詰まる僕を彼女は面白そうに見返した後、カバキチを受付カウンターへ置いた。
「そういうことならこれは返そう。きっとこの子も正々堂々君にもらわれたいだろうし。ひろみちゃんって子もね」
にこっと笑って彼女はヒールを鳴らし、再びバッターボックスへと向かう。
凛々しい背中が遠ざかる……。
「待ってください!」
次の瞬間、僕は我を忘れ懇願していた。
「僕に打ち方教えてくれませんか!」
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