6.最低

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6.最低

 二番手。  颯爽としていて、迷いなんてなにもなさそうな亜美さんが、二番手。  別にそういうことだってあるとは思っている。僕だってひろみちゃんにとって二番手なのかもしれない。二番手どころか四番手くらいかもしれない。ひろみちゃんはもてるから。  でも亜美さんにそれは似合わない。 「なんか、亜美さんらしくないんですね」  自分の中から飛び出した言葉に僕自身慌てたけれど、亜美さんはコーヒーの缶を口に当てたまま、ぼんやりとネットの向こうを眺めている。その様子に僕の舌はますます制御を失う。 「なんで二番手っぽいって思いながら付き合える、んですか」  無神経なことを訊いている自覚はあった。でも、カキン、と小気味良い音を立ててボールを打ち返す、かっこいい亜美さんがこんな顔をするのがなんだか許せなくて、どうしても言わずにいられなかった。 「まあ、そうだよね。そうなんだよね」  亜美さんは怒る様子もなくただちょっとだけ口角を上げる笑い方をしてみせただけだった。  あれ以来、なんだか胸の奥がざわざわして座り心地が悪くてたまらない。悶々としながら数日を過ごしたある日、登校した僕に同じクラスの安藤が息せき切って駆け寄ってきた。 「大手! 知ってる? 二組の葛西ひろみ! 花巻と付き合うことになったんだってよ!」  花巻といえば、ひろみちゃんがマネージャーをしている野球部のエースだ。背が高くて、日に焼けていて、歯が白い。むかつくくらいの爽やかなやつだ。性格も悪くない。 「大手、ショックだよなあ、ホームラン打ったら付き合ってあげるって言われたんだろ。それなのにひどいよな」  自分のことのようにぷりぷりする安藤の様子を見て、僕はくらくらしていた。  そうだ。僕は彼のように怒るべきなのだ。もっと悲しむべきなのだ。なのに……僕の心は乱れていない。いや、乱れては、いる。いるけれど渦の中心にいるのは、ひろみちゃんじゃ、ない。 「葛西さんは、正しいよ。俺は最低だから」  だって僕には、ひろみちゃんを怒る資格がないのだから。  心の中で「ひろみちゃん」なんてなれなれしく呼びながらも、僕は随分前からひろみちゃんを二番手にしてしまっていたんだから。  それに今頃気づくとは。本当に僕は馬鹿だ。    そんな僕に、もうホームランを打つ理由なんてない。それでも最低な僕はバッティングセンターへ向かう。 「今日こそホームラン打てるといいね」  仕事が早上がりだったという亜美さんはすでにいて、ベンチで缶コーヒーを飲んでいた。  そうですね、と曖昧に頷き、僕は120kmのボックスに向かう。頑張ろうね、と彼女が手を振ってくれる。  だがそこで僕はふっと足を止めた。  亜美さんの目が、赤かった。
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